【考える本棚】
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 モハメド・オマル・アブディン『わが盲想』(ポプラ社)
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日本語が巧すぎる盲目のスーダン人
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 たまたま先週は、「目の見えない人」に関する本を立て続けに読みました。意図したわけではなく、まったくの偶然。その1冊目が本書です。「考える人」編集室のSさんが「面白い本ですよぉ~」と勧めてくれました。ヒトラーの『わが闘争』にかけた書名の「盲想」とは、妄想ならぬ、盲人の想念――。つまり、人が得る情報の8割から9割が由来するといわれる視覚情報を抜きにして、いまの日本に向き合うと何が見える? 「目の見えない人」が研ぎ澄まされた感性で、聞き、嗅ぎ、味わい、触って思い描いた等身大の現実を見事に活写しているのです。

 1978年、アフリカのスーダンに生まれた著者は19歳で初来日。3年目に知り合ったノンフィクション作家の高野秀行さんに、「アブディンはネタの宝庫だから」と言われたのがきっかけで、「音声読み上げソフト」という文明の利器を駆使しながら、ついに自力でこの著書をものします。帯の惹句に「日本語が巧すぎる盲目のスーダン人」とありますが、この怪しげな紹介文ひとつでも読みたい気持ちが募ります。

 寿司が大好物だというこの著者を、先日寿司屋に案内したSさんは、右手に白い杖を握り、地面をこつこつ探りながら店内に入った口ヒゲの、褐色の肌、縮れた頭髪の、見るからに盲目の異国人が、カウンターに坐るやおもむろに、なめらかな日本語で「こはだ」と注文したその姿に、心底感銘を受けたとか。寿司好きの由来は本書にあります。来日してほどなく福井県のホームステイ先で、手巻き寿司をほおばった瞬間の回想です。

〈初めて寿司を食べたときの感動は忘れられない。「ためしにどう?」と言われ、一口かじると、パリッとした海苔の次に酢づけのごはんを歯が突っ切り、一番奥に入った生の魚をかんだ瞬間、脂ののった甘さと、上質なわさびが脳を刺激した。ぶりという魚だと教えてもらった。未知の味とはいえ、信じられない。こっそりこの味をわがものとしている日本人はズルいと思った〉

 スーダン人の大半は和食が苦手だそうですから、この数行にすべてが語り尽くされているでしょう。著者と日本は運命の赤い糸に結ばれていたとしか言いようがありません。とはいえ、そこから先の道のりが平坦だったはずはありません。環境も文化もまったく異なる遠い国に、目の不自由な青年がいきなり飛び込んでしまったのです。文字通りピンチの連続、波乱万丈の人生です。

 スーダンの名門、ハルツーム大学法学部に在席していた著者が、なぜ大学を辞めてまで日本にやってこようと思ったのか。「日本に留学して鍼灸を学ぶ」という、「作り話」めいた誘いになぜ応募する気になったのか。本当の理由は書かれていません。「視覚障害者に鍼灸なんていうあぶなっかしい仕事をさせる日本は、きっとさまざまな面で進んでいる。鍼灸をさせてもらえるぐらいだったら、きっと車の運転もへっちゃらだろう」とか、「(ハルツーム大学の)法学部の女子学生はまじめくさっていて、色気に乏しい。だから、スーダンを離れてもまったく未練はない」といった調子。

「今はスーダンの政治状況が悪化して、大学は四か月も閉鎖されたまま、再開するめども立っていない」と、内戦の続く母国への絶望感が吐露されているものの、きわめて抑制された筆致です。体内の奥深くにあるセンサーが「この機会に日本へ行かなければ、ぼくはきっと後悔するに違いない」と、彼をトライ(渡来)に駆り立てたのです。

 驚かされるのは、来日以降の恐るべき日本語の上達ぶりです。漢字が存在することすら知らなかった著者が、同音異義語の習得をおやじギャグでやり遂げたというのも傑作です。たとえば「こうぎ」という語には「抗議」「講義」「広義」「厚誼」等々がありますが、「漢字を見ることができない」彼は、駄洒落を使ってマスターします。

〈たとえば、ぼくは初対面の人に「スーダンはどんなところですか」と飽きるほど繰り返し聞かれて、その都度、返事に困っていたのだが、あるとき、「数段」という言葉を見つけて、以来、この質問に「スーダンは日本より数段広くて、数段暑い国だ」と返事をするという、初対面の人と打ちとけるのにもってこいのネタを作った〉

「内臓が悪いですか」と聞かれれば「そんなことはないぞう」と切り返してウケを狙います。もっとも、心から笑ってくれるのは「おやじ世代」以降の人たちだけで、若者や女性にはかえって逆効果と、しばらくしてから気づきます。

 一度も見たことがない野球のはずなのに、ラジオの実況中継を聞くことで、広島カープの大ファンになりました。それによって日本語の話し方、テンポ、ボキャブラリーを短期集中学習したというのも驚異です。点字を習ってからは、本を矢継ぎ早に読みまくります。粘土に割り箸で書かれた漢字を指でなぞって覚えます、等々。本書に溢れるユーモア感覚と語彙の豊富さは、そうした積み重ねのたまものです。同時に、著者持ち前の楽観主義――頭の良さとともに、自分を決して追いつめすぎないテキトーさ加減(ある時期は「酒って避けては通れない道」とうそぶくようなイスラム教徒!)が、たくましく愉快な魅力を醸し出します。

 嬉しくなるのは、彼を支えた人たちの存在です。たとえば、歩行訓練士の大槻先生。「きっと、きれいで若い女性だろうな」と期待して待っていたところ、「ごっつい声の、田舎くさい、しかも声のようすから察するところ、中年太りの見本のような体形をしたおじさん」が入ってきます。初めて聞く本格的な関西弁。ところが、この先生の出現によって、「そのとき歴史が動いた」というのです。

〈大槻先生は突然、「モーハメド君、靴のひもが解けてますよ」 と声を掛けてきた。(余計なことを言うな、おっさんのくせに) ぼくはそう言いたいのをぐっとこらえて、これまでいつも使ってきた技を試みた。ひもを適当にぐちゃぐちゃに絡めて丸めるのだ。が、プロの大槻先生には通用しなかった。先生は、ぼくのぐちゃぐちゃになった靴ひもを一瞬にして指で解くと、言った。「モーハメド君、今から寮に帰りましょう。そして、靴ひもの結び方を練習しましょう」 ぼくはそれを聞いて、うれしさのあまり、こみ上げてくるものを感じた。おそらく、大槻先生はぼくの抱える最大の苦しみをわかってくれたのだろう〉

 何のことだか、すぐには理解できないでしょう。これは、それまで目が不自由だからといって、自分をどこかで甘やかしてきた著者の本質的な弱点を、プロフェッショナルが鋭く衝いた瞬間です。

「モーハメド君、きみはこの作業を十五年前にできてないとあかんかった。プライドが許さないのはわかるが、これが最後のチャンスだと思って真剣にやってくださいな」――ごっつい声で命じた大槻先生にしたがって3時間。初めて蝶々結びに成功します。そして3日間の集中訓練を受け、確実にひとりで靴のひもを結べるようになるのです。

〈(略)ぼくはうれしさで胸がいっぱいになった。生後十九年と九か月目のことだった。 そのとき、ぼくはやっと足元を固めて、日本でいろいろな困難に立ち向かえる気がした。……ふんどしではなくて、靴ひもをしめてがんばるぞ〉

 視覚の壁、言語の壁、そして誰しもがぶつかる人生上の壁。ユーモアをまぶして書かれてありますが、悲観的になり、さすがに落ち込んだ場面も数えきれないほどあっただろうと思います。鍼灸を学ぶために入った福井県立盲学校を卒業した後は、パソコンの勉強をするために筑波技術短期大学の情報システム学科に進学します。ところが、そこは2年間で退学し、東京外国語大学に一般入試を受けて合格します。鍼灸の習得に始まった留学生活は、やがて「母国スーダンの紛争問題と平和を学びたい」という目的から研究者の道へと方向を転じます。さらには「スーダン障害者教育支援の会」というNPO活動も始めます。

「乾いたスポンジ」のような男だ、と評するのは長年の友人である高野秀行さん。「乾燥した国から来たという意味ではない。乾いたスポンジが水を吸い込むように、なんでもどんどん吸収していくからだ」と(『異国トーキョー漂流記』集英社文庫)。

 趣味はブラインドサッカー(視覚障害者のためのサッカー)だというのを読んでいたら、数日後に日本選手権が開かれるという新聞記事に出会いました。しかも著者たちが2004年に作ったという「たまハッサーズ」(八王子市)は、過去3度の優勝を飾った強豪だと知れます。昨年は3位。著者もストライカーとして活躍している、と(*)。

 ブラインドサッカーは転がると「シャカシャカ」という音の出るボールを使用し、晴眼者のゴールキーパー以外の4人のフィールドプレーヤーは、全員アイマスクをつけて出場します。相手チームのゴール裏には「コーラー」と呼ばれるガイドが立ち、選手たちに声を出してシュートのタイミングなどを指示します。ボールを蹴る音、転がる音、相手と衝突しないように発する声、コーラーの指示……ブラインドサッカーでは音が重要です。客席の大声は禁物です。

 先週立て続けに読んだもう1冊の本――『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗、光文社新書)によれば、「ブラインドサッカーは通常のサッカーに比べるとスピード感やスケール感は劣りますが、しかし視覚を使わないからこそのスリルとダイナミックさ」があるといいます。

 ボ-ルを見る、相手の表情を読む、パスを送る先を見るなど、目に依存している通常のサッカーに対して、「(目の)見えない人は表情が読みにくい」、「先触れの動きがないから、突然シュートが飛んでくるように感じられる」など、キーパー泣かせの意外性に富んだサッカーです。また、「見えない世界には死角がない」のも道理で、背後へのヒールパス、ノールックパスは当り前。阿吽(あうん)の呼吸でそれらが繰り出され、プレーの幅を広げます。

「障害者とは、健常者が使っているものを使わず、健常者が使っていないものを使っている人」という創造的な視点に立つこのユニークな本の紹介は、またいずれの機会に譲るとして、ブラインドサッカーは私たちの秘められた身体感覚に気づきを与えてくれる興味深いテーマです。

 さて、19歳で来日し、悪戦苦闘した「盲想」録のフィナーレは、2回の電話だけで決めたスーダン女性との電撃結婚、東日本大震災の2週間後に生まれた長女の話で締めくくられます。その時点からほぼ4年。仄聞するところ、著者は博士号を取得し、現在は東京外国語大学特任助教。子どもはその後次女、長男が誕生し、広島カープには今年、黒田投手がヤンキースから帰ってきました。春にスーダンで交通事故に遭ったという著者ですが、それもすっかり回復したようです。おそらく本書の続篇は、「数段」パワーアップして「数段」面白い展開となるに違いありません。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)