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 彼女自身の部屋
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 時間の流れが変わったな、という思いが、改めて強くこみ上げます。世阿弥
流にいえば、男時(おどき)から女時(めどき)へ――。中村佑子監督の映画
「あえかなる部屋――内藤礼と、光たち」を見ながら感じていたことです。

 昨秋、瀬戸内海に浮かぶ香川県の豊島(てしま)を訪れました(No.412)。1975年から16年間にわたり、産業廃棄物が不法投棄されていた痛ましい歴史を持つこの島に、「再生」の願いをこめて植えられたオリーブの収穫祭を取材するためです。

 合間をぬって、島の反対側にある豊島美術館に足を運びました。2010年秋、建築家の西沢立衛(りゅうえ)さんの基本設計に、現代美術家・内藤礼さんによるパーマネント作品《母型》が合わさって生まれた、奇跡のような空間です。

 美しい棚田に囲まれた小高い丘の中腹にあって、周りの起伏が描くゆるやかなカーブに調和した円盤型のなだらかな曲線。水滴をイメージしたという白い建物は、空に向かって大きく開かれた開口部を持ち、外気をそのまま呼吸するように、光や熱、雨、風、鳥や虫、葉っぱも土も、すべてが自由に建物の中を通り抜ける――まさに自然と建築が一体化した、世界でも類を見ないコンセプトの作品です。

 豊島美術館《母型》は、したがってそれ自体が大きな生命体のような空間です。内部は一日を通して、いや一年、四季折々を通して、絶え間なく変化し続けます。なだらかな傾斜を持つコンクリートの床には、無数の小さな穴が開いていて、そこからは清冽な水が湧き出ています。島の名前の由来となった豊かな地下水が水滴となって現われ、日の光をまとい、風を受けながら、床を走ります。水滴は互いに結ばれたりほどけたりを繰り返し、やがて大きな泉となって集まります。

 鳥の声や周囲のざわめきが聞こえてくる中で、まるで生命の原理そのものが現前するかのようなこの空間に身を置くと、誰しもさまざまなことを感じます。身体のいちばん奥底に封じ込められていた時間と記憶が揺り起こされるような不安と眩暈に襲われます。この映画が生れ、そして還ろうとした先は、《母型》が呼び覚ますこの揺らぎ――生命の原初のかすかな震えに他なりません。

 導入部でナレーションが語ります。

〈この美術館から外へ出ると、止まっていた世界が動き出したように感じた。私の息は止まっていた。そのことにさえ気づかなかったのだ。この空間にこれほどゆらぎを作った作家のことを、私は何かのよすがを求めるように知りたいと思った〉

 こうして2012年の暮れ、「私」は内藤礼さんにドキュメンタリーの撮影取材を依頼します。けれども、最初に出会った反応は、「撮られるのが嫌いなこと」、「これまでの展覧会では映像取材を断っていること」、「制作プロセスも美術館の学芸員にさえ見せないこと」というものでした。

 作家を警戒させた「私」の提案でしたが、結果的には受け入れられます。しばらくして届いた手紙には、「ゆっくりとお互いを知っていければいいと思います。何が生れてくるのかたのしみですね」とありました。

 1人称で語られる私的省察のようなナレーションがあり、さらに2人の間で取り交わされる手紙や、メールのやりとりが画面にそのまま映し出されます。聞き漏らすことのできない言葉もまた、文字化されて示されます。取材者と作家の静かな対話の深まりが、見る側にもありありと伝わってきます。時折差し挟まれる内藤さんの肉声は、その人となりを想像させ、彼女が何を慈(いつく)しみ、守ろうとしているのか、心のありようが次第に明らかになってきます。創作を続ける中で、内藤さんが何度も繰り返し口にする言葉――。〈地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか〉

 あるいは、タクシーの中で取材者に語った言葉が、書きつけられたメモのように頭に刻まれます。

〈私は最初は自分のためにつくっていたけど/やがてこの世界に自分ではない他人がいることを/奇跡のように思えるようになってきた/私は美術が閉じたものでないことを/確かめたい〉

 ところが2013年、内藤さんの故郷である広島での展覧会の最中に、突然幕が引かれます。「人に見られてるとできないの」――。

 そう、「あるかなきかのだいじなもの」がまさに生まれ出ようとしている瞬間に、カメラが立ち会い、介入すると、その大事なものは壊れてしまう。「撮られると、つくることが失われてしまう」――作家のきっぱりとした拒絶でした。内藤さんは、以後いっさいカメラの前に立つことはなくなります。

 取材者は突き放されました。主人公が不在の映画を、どのように継続することが可能なのか。しかし、ここで思いがけない言葉を、内藤さんは投げかけます。

「続けてください。そこには何かあるから」

 こうして、作品は大きく動きます。《母型》の作家、内藤礼の物語から、《母型》という作品によって得られた「私」のビジョンに向けて舵を切ること。「そこには何かあるから」という「私」の物語に耳を澄ませ、身をゆだねる方向へ――。

「私」は自問します。「地上に受けた生はどこに向かい、どんな理由でここにいるのか。私は内藤さんにはカメラを向けず、その作品から受け取ってきたこと、それを形にできないか」と。

 主人公の空隙を埋めるように、5人の女性が登場してきます。年齢も背景もまったく異なる人たちです。印象的な場面がありました。最初に登場するモデルの女性を連れて、豊島に着いた日の映像です。波が打ち寄せる夜の浜辺で、女性が海の水に触れ、素足で砂浜を感じている光景。朝を迎え、自転車に乗って、島をめぐりながら向かう美術館。歩いて、森の中の小道を抜け、次第に近づいていく《母型》の世界。

 この引き延ばされた時間の流れに、太古の世界、記憶の無意識の深層に降りていく“女時”のリアリティーを感じます。目的が時間を支配する、合理的で効率主義の“男時”ではなく、自己充足的な、いわば結末を読み急がない読書のような時間のたゆたい。

《母型》の中に入った彼女は、絶え間ない水滴の動きに目を凝らします。水が湧き出てくる瞬間の輝きは、肉眼では捉えきれない神秘的な映像です。やがて雷鳴が轟き、雨が落ちてきます。《母型》の中を素足で歩き、そこに横たわっていた彼女は、何を感じていたのでしょう。

 ナレーションが語ります。「人はひとしく何の理由も知らされないまま、この世界に生み落とされた。誰も理由を知らされず、その運命を共有しながら、同じ時間、同じ場所、この現代の時間の中にともにいる」。

 5人の女性が、やがて空港に集まり、一緒に豊島へ向かいます。生と死がほんの隣り合わせの関係であることを、鋭敏に感じとっている個々の人生。彼女たちが《母型》に触れ、体験していくさまをカメラが淡々と追いかけます。

 水の滴(しずく)がひとつひとつ異なるように、彼女たちもそれぞれの時間を生きています。この世に生を受けたひとりひとりは、それぞれの喜怒哀楽を繰り返し、やがては皆、老いて死んでいきます。水滴が互いに結ばれたりほどけたりしながら、やがて大きな泉となっていくように。誰にも共通した、その厳粛としか言いようのない事実を想起させる場所として、《母型》はあります。

 5人のうちで最年長の女性が語ります。「出会った彼女たちのこわれやすい存在。自然と手を差しのべたいと感じました」。そういえば、映画の中に時として挿入されるゴーンというような不気味な音が、《母型》の場面でも響きわたります。不条理な音が不安をかき立て、女性たちの声にならない声が重なり合い、まるで称名を唱えるつぶやきのように聞こえる瞬間もありました。

 世界のなりたちを感受する媒介として現れた彼女たちが、おそらく想定をはるかに超えて、《母型》の中で解き放たれます。見えない力に紡がれていくさまは、《母型》という途轍もない作品の本質を物語っています。

「私」の内省的な作品ですが、実は見る側に強く語りかけてきます。監督の中村さんと話した時に印象的な言葉を聞きました。病気の母親に付き添って、午前中を病院で過ごす日が多かったある時期、いつもそこで出会うのは病とともに生きる人、老人、子ども、女たち……でした。その世界から身をはがし、午後から会社に向かおうと電車に乗った瞬間に、外の世界がシステマチックに、ブンブンと回されている縄跳びのように見えてきて、うまく入っていけるのだろうか、と怖ろしくなったというのです。たまらなくなって、途中の駅で降りて、教会で息を整えることがあった、と。

 おそらくそういう息苦しさを身体のどこかで感じながら、それを押し込めて生きている人。いや、その抑圧に耐えきれなくなって、脱落しかけている人。そんな人にこそ、この映画を届けたいのだ、と。

 題名の「あえかなる部屋」の「あえか」とは、「かよわく頼りないさま」、「きゃしゃで弱々しいさま」という意味の古語です。はかなげで消え入りそうに見えますが、“自分自身の部屋(ヴァージニア・ウルフ)”さえあれば、《母型》の水滴のように、日の光をまとい、風を受けて、たくましく、けなげに流れていきます。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)