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 「星空浴」トークの夜
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「宇宙」特集号にちなんだトーク・イベントを、先週の水曜日にジュンク堂書店
池袋本店で行いました。ゲストは国立天文台副台長の渡部潤一さん。初めてお会
いしたのは、ついこの間のことでした。

 指定されたその日の午後5時に、三鷹の国立天文台を訪ねると、武蔵野が雑木林の詩趣に溢れていた頃を思い出させるたたずまい。正門脇の守衛室に来意を告げ、のどかな応対ぶりに感嘆していると、ふと目に飛び込んだのが虫よけスプレーの案内です。これはまた親切だなあ、と感心しているスキに、やぶ蚊は同行したS女の脚に早くも襲いかかっていたのです。

「ちょっと研究室に行きましょう」――1時間ほど歓談すると、先生がわれわれを促しました。渡り廊下に出ると、すっかり日の落ちた辺りは森閑として、夜空が大きく広がっています。研究室は、すでにビールを片手にした天文談話室ふうの雰囲気でした。いいオジさんたちもちらほら。社会人学生グループの隣に陣取ったわれわれは、まずはヱビスビールで喉を潤し、続いて先生の地元・会津の銘酒を振る舞っていただき、こんなことなら後に用事を入れなければよかった、と悔やみながら辞去するまで、実に楽しいひと時を過ごしたのです。

 というわけで、トーク・イベントの聞き手を務める私にとって、今回はいたって気楽なお役目でした。先生の語りの魅力は確認ずみ。それをお客様にたっぷり味わっていただければいいからです。

 当日の朝は、ホルストの「惑星」を聞いて気合を入れました。このところ、宇宙にまつわるニュースの種には事欠きません。7月中旬、NASAの探査機「ニューホライズンズ」が冥王星に大接近。送られてきた画像によって、「ハート模様」の氷の平原をつぶさに見ることができました。かと思えば、宇宙飛行士の油井亀美也(ゆいきみや)さんがロシアのソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に到着し、8月末には種子島から打ち上げられた補給船「こうのとり」のキャプチャに成功しました。今月に入ると、梶田隆章先生のノーベル物理学賞受賞の知らせも飛び込んできました。

 そんなことを思いながら「惑星」を聞いていると、この曲には地球以外の7つの惑星が入っているのに、冥王星が欠けていることに気がつきます。

 それもそのはず、「惑星」が作られた1914年から16年にかけては、まだ冥王星の存在は知られていない時期でした。その後の写真技術の発達によって、肉眼ではとらえきれない惑星捜索が可能となり、アリゾナ州フラッグスタッフのローウェル天文台で、後にプルート(冥王星)と名付けられる天体が発見されるのは、1930年の出来事です。

 しかし、さらに事態は動きます。ホルストにとっては幸か不幸か、冥王星は再び太陽系惑星の座から外れます。「水金地火木土天海冥」と記憶していた最後の「冥」は、2006年8月、チェコのプラハで開かれた国際天文学連合総会で、太陽系惑星から除外されることに決まったのです。

 当時、このニュースを伝えたマスコミ論調は、そうとう過熱気味でした。冥王星「降格」、惑星から「仲間外れ」、惑星の肩書を「剥奪」……けしからん!

 冥王星という和名の名付け親である野尻抱影(英文学者、随筆家)のご遺族が、「惑星から名前が消えるのは寂しい」と語っていたのが、おそらく大方の日本人の受け止め方だったと思います。これほどショックを与えるニュースになろうとは、誰も予想できなかったことでしょう。しかも、その最終決定を下した国際天文学連合「惑星定義委員会」に、日本人の委員が名前を連ね、原案を作成していたとは! それが渡部潤一という名前を脳裏に刻んだ最初です。

 先生の2007年の著書『新しい太陽系』(新潮新書)は、いま読んでも面白い1冊です。帯には大きく「冥王星はなぜ外されたのか」と謳われています。「それっ」とばかり駆け出した編集者の姿が目に浮かびます。トークでそのあたりのことをお尋ねすると、

「いやぁ(笑)……われわれとしては降格ではなく、むしろプロモーション(昇進)というのが実感なんですね。銀行でいえば、本店の平社員を支店の支店長に抜擢したみたいなイメージ(笑)。つまり、コペルニクスの時代には土星までが太陽系でした。それに、天王星、海王星が加わり、さらに写真技術の導入によって冥王星が見つかった。それから電子撮像技術の発達があって、その先に『太陽系外縁天体』と呼ばれる一群の新しい小惑星が見つかった。そして冥王星は、この天体群のメンバーだということが分かります。だから、太陽系に新しく『準惑星』というカテゴリーを作り、冥王星はそちらに転籍したんです。科学的な意味や重要性も変わらないし、決して冥王星を軽んじたわけではないんです(笑)」

 なるほど。実際、地球は冥王星を忘れませんでした。地球から48億キロ、実に9年半の長旅を経て、この夏、「ニューホライズンズ」が冥王星に最接近したのはその証しです。さまざまな観測データが送られてきています。漆黒の闇を背景に、富士山クラスの氷の山々が聳え立つ表面のありさまや、最近では冥王星に広がる「青空」の写真も送られてきています。

 ただ、ここでも可笑しかったのは、「ニューホライズンズ」が打ち上げられたのは2006年1月のこと。例のプラハの会議の約半年前でした。そのため、「最後の惑星探査」というこの計画のお題目は、根底からひっくり返されることになりました。計画の責任者は烈火のごとく怒りました。

「いやぁ、まいったね(笑)。じゃ、『惑星』のところを『準惑星』にして“最初の準惑星に到達する”でいいではないかと言うと、すでに『ドーン』という探査機が準惑星のケレスに向かっているから、それも使えない。とうとう採択に反対する署名運動まで始めちゃいました。いまではすっかり収まっていますが……」

「ニューホライズンズ」には、1930年に冥王星を発見した米国の天文学者クライド・トンボーの遺灰を載せています。米国人が見つけた唯一の惑星というのもひときわ思い入れが強かった理由かもしれません。トンボーゆかりのローウェル天文台があるアリゾナ州のある町は、冥王星が自分たちの町の上を通る時には、引き続き「惑星」と呼ぼう、という条例まで作ったとか。日本に限らず、この星はどうやら万人に愛される運命の下にあるようです。

 さてトークでは、「あと10年以内に地球外生命体は見つかると確信しています。もう時間の問題なんです」といった大胆予測や、先生が天文学を志した動機(小学6年生だった1972年10月8日、雨あられのように降るといわれたジャコビニ流星群を校庭でひたすら待ち受けていたにもかかわらず、その瞬間は訪れませんでした。しかし逆にこの出来事が「学者でも分からないことがあるのだ」と、天文少年の学問への意欲をかき立てました)など、興味深いお話が披露されました。

 そして最後は、「考える人」にも書いていただいた「星空浴のすすめ」です。

〈星空は人間が目にすることのできる最も雄大な時空間といえるでしょう。何千年、何万年、時には何億年前に発した星の光が、138億光年という我々の宇宙の茫漠たる空間にあふれています。 そんな宇宙を眺めると、忙しさに埋もれ、日々せわしなく過ごす自分という存在がふわっと浮いて感じることもあります。星を眺め、宇宙を想うことが、一服の精神安定剤、あるいは清涼剤になっているのかもしれません。夜空を眺め、星や月の光のシャワーを浴びて、癒やされる、そんな効用を私は「星空浴」と呼んでいます〉(「考える人」2015年秋号、p68~p69参照)

 こういう宇宙のスケール感の例として挙げられたのが、天の川をはさんだ“遠距離恋愛”の主役たち――織り姫星(こと座のベガ)と彦星(牽牛星、わし座のアルタイル)の二星(たなばた)です。ふたつの星までの地球からの距離は、織り姫星が25光年、彦星が17光年。1光年は光の速度で1年かかる距離ですから、ふたつの星から届く光は、それぞれ25年前、17年前に発した光だというわけです。

 また、ふたつの星の間の距離は約15光年です。これはキロメートルで表すと、約143兆キロメートルに相当します。新幹線(時速270キロメートル)で織り姫星から彦星まで休みなく走るとして、所要時間は約6000万年。とても1年に1度往復することなど不可能です。

 さらにいえば、1年に1度という頻度についても、「なかなか会えなくて可哀そうだなんて、天文学者は思わない。人間に比べて星の年齢は、永遠と言えるほどに長いから」と渡部先生。

「だって、彦星も織り姫星も、天文学的にはやや若い青年期の星で、少なくともあと10億年以上は長生きします。すると、地球人の時間で計った1年に1回は、星にとってはずいぶん頻繁な逢瀬です。仮に10億年生きる星が1年ごとに会うとすれば、100歳生きる人間にとっては、なんと3秒に1回会っている(笑)。これでは、ほとんどいつも一緒にいるのと同じです。しょっちゅう会い過ぎて可哀そうというのはあるかもしれない」

〈ただ、七夕の夜に雨が降ると天の川も増水するので、織り姫は渡ることができず、デートできなくなってしまいます。この日に降る雨は、織り姫と彦星が流す涙ともいわれています。日本では、織り姫と彦星がデート(逢い引き)をするということで、七夕を「星合(ほしあい)」とも呼びます。なんと素敵な言葉でしょう〉(『面白いほど宇宙がわかる15の言の葉』小学館101新書)

 こうして渡部先生に教えられたのが、藤原定家の一首です。

 さえのぼる月のひかりにことそひて 秋のいろなるほしあひのそら

 ちなみに、七夕は秋の歌。あまたの名歌がありますが、いまの季節にふさわしい3首を紹介して、締め括ります。

 あまのがは秋かぜ寒みたなばたの 雲のころも今日重ぬらん  藤原為家

 ほしあひの夕べ涼しきあまのがは 紅葉(もみぢ)の橋をわたる秋風  権中納言公経

 あまのかは流れて恋ふるたなばたの 涙なるらし秋の白露  詠み人知らず


「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
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