梨木香歩さんのエッセイにご注目ください。

 毎回読み切りのエッセイを寄せてくださっている小説家、梨木香歩さんの仕事のペースは、東京を中心とした出版業界の慌ただしいペースとは一線を画し、自分の生活と仕事をしっかりと保ち続けています。しかし、そのような静かな日々のなかでも、世界から届くニュースや、日常での出来事、心に刻まれた記憶が、梨木さんを時に激しく揺り動かすことがあります。今回のエッセイは、梨木さんを揺り動かした私たちの知らない世界へ、少なからぬ驚きとともに案内してくれます。

 滋賀県にある「還来(もどろき)神社」をご存じでしょうか? このちょっと変わった名前の神社は、桓武天皇の妃の一人、藤原百川の娘、旅子のお墓としても知られています。藤原旅子は自分の死を前にして、故郷にある山麓の南側の斜面に梛(ナギ)の大木があるので、死んだらそこに埋葬してほしい、と遺言したそうです。そして彼女の願いどおり遺体は故郷に埋葬され、その場所が、帰還を願う神社、「還来神社」になったといいます。

 子供時代を過ごした思い出の地、それも記憶のなかにはっきりと刻まれた一本の木のもとに願いどおり埋葬されている。語り伝えられる遥か遠い昔の出来事に、二十一世紀に生きるひとりの小説家が抱く感慨は、私たちの心の奥深くにも届きます。

 しかし梨木さんは、仕事の必要があって、天皇や皇后が埋葬されている「御陵」について調べていた際に、京都の「宇波多陵」が藤原旅子の陵墓だという記述にぶつかります。旅子さんは願いかなって故郷の地に埋葬されたのではなかったのか? 梨木さんは宮内庁書陵部陵墓調査室に問い合わせ、調査室の丁寧な対応によって「宇波多陵」の由来を知ることになります。さらに還来神社まで訪ね、宮司からも神社の由来を聞き出します。

 ……すみません。エッセイの紹介をするのに、内容をお伝えしすぎたようです。旅子さんの魂はどこで眠っているのかは、ぜひエッセイをお読みいただきたいと思います。しかし、お伝えした部分は、梨木さんのエッセイのほんの「さわり」にすぎません。このエピソードとともに語られるイギリスの生垣の話、アフガニスタンの女性たちが被るブルカの話などが、時代も場所も超えて、藤原旅子をめぐる逸話とともに、不思議なひとつの流れとなり、私たちの心のどこか深くに着地するのです。

 梨木さんには既刊の書下ろしエッセイ『春になったら莓を摘みに』があります。未読の方がいらしたら、ぜひご一読をお勧めしたいと思います。