【考える本棚】
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 鹿子裕文『へろへろ――雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』
(ナナロク社)
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 もがきながら、楽しもう!
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 昨年の夏頃です。人を食った名前の雑誌が出ていて、これが実に面白いという評判を耳にしました。『ヨレヨレ』です。福岡市にある老人介護施設を舞台にした雑誌なのですが、介護専門誌というわけではなく、お年寄りの同人誌でもない。風変わりで、ノン・ジャンルの、ともかく面白い雑誌だというのです。

「フーン」とうなずきながら、好奇心のセンサーは確実に反応していました。ただ、ボヤボヤするうちに、現物を見るよりも早く、この雑誌を一人で思うままに作っている編集者その人の著書を手にすることになりました。

「福岡の介護施設『宅老所よりあい』の人々が、お金を集め、力を合わせ、自分たちで特養を建てるまでの4年間を、ユーモアたっぷりに描いた実話エッセイです」という丁寧な手紙が添えられて、昨年末に版元から本書が送られてきたのです。

 年が明けてすぐに読みました。こちらも、抜群に面白い。著者を含め、登場する人物が魅力的でエネルギッシュ。「ヨレヨレ」「へろへろ」とは名ばかりの、骨っぽいど根性パワーの持ち主ばかりです。既刊の『ヨレヨレ』4冊を早速まとめて買いました。

 著者は売れっ子ならぬ「ひまっ子」――仕事の依頼件数ゼロの日が続く「干されっ子」編集者を自認しています。福岡市に住み、縁あって(類が友を呼び)、ユニークな介護活動を続ける「宅老所よりあい」の世話人に名を連ねます。そして、2013年9月に雑誌作りの依頼を受けるのです。

 声をかけたのは、「宅老所よりあい」のツートップ、下村恵美子、村瀬孝生の両氏です。下村さんが言いました。「鹿子(かのこ)さんがおもしろいと思うことをそのまま書いてくれればそれでいい。わたし、そういう雑誌を読んでみたい」――。へそ曲がり編集者の心のツボを押す、何ともニクイ誘いです。その2年前、「宅老所よりあい」に出入りし始めた著者に向かって、「ちんちん出してバイクで来てくれんかな?」「下半身すっぽんぽんでバイクが来たら笑うやろ? 年寄りも絶対そういうの好きなけんさ」と本気で言い放った女傑ならではの殺し文句です。

〈新雑誌のタイトルはその場で決めた。五分もかからなかったと思う。老人介護施設には、ぼけを抱えたお年寄りたちが「ヨレヨレ」しながらたくさんいる。そういう施設が出す雑誌だから『ヨレヨレ』だ。それに「宅老所よりあい」の職員はとても働き者だ。みんな「ヨレヨレ」になりながら働いている。だから『ヨレヨレ』だ〉

「好きなように作って構わない」と依頼された趣旨は、いわゆる広報誌ではありません。

〈僕は単純に「読んでおもしろい雑誌」にしようと思った。老人介護施設の出す雑誌だからこそ、おもしろくしたいと思った。身内や介護専門職だけが読む雑誌じゃつまらない。むしろ、そういう世界にまるで縁もゆかりもない人たちが手に取り、読んでもらえる雑誌にしたかった。腹を抱えてげらげら笑ってもらえたら最高だ。介護の世界やぼけの世界を扱うからこそ、ゆかいで痛快で暗くないものを作りたいと思った。 幸か不幸か、「宅老所よりあい」にはおかしな話がいくらでも転がっていた。めちゃくちゃすぎるエピソードの弾薬庫だった。僕は「よりあい」の人々と友だちのように付き合っていたから、そういう話をたくさん知っていたし、ぼけたお年寄りと職員たちが繰り広げる世にも奇妙な寸劇的場面にもたびたび遭遇していた。僕がおもしろいと思うのはそういうことだった〉

 その母体となる「宅老所よりあい」とは、どういう起源の施設なのか。1991年11月といいますから、四半世紀前の話です。当時92歳の一人の老女がいました。大場ノブヲさんというおばあちゃん。気骨ある明治女で、旦那さんと死に別れてから、マンションで一人暮らしを続けていました。しかし、「ぼけ」が深まるにつれ、その姿は次第に妖怪じみてきます。

 まるで風呂に入らない。下(しも)の具合も怪しい。伸びたざんばら髪を振り乱し、着の身着のまま、ケダモノ臭をまき散らしながら近隣を徘徊する。そして、たびたびのボヤ騒ぎ。大量の食べ物を腐らせた異臭騒動。マンションの住人からは「もう生きた心地がしない。どうにかしてくれ!」と悲痛な叫びが上がります。

 そこで声をかけられたのが、社会福祉士の下村恵美子さんでした。下村さんは、そういうインパクトの強い「とてつもないばあさま」が大好きだというタイプでした。彼女はさっそく出かけて行きました。ドアチャイムを押して待つこと15分。固く閉ざされた玄関の扉が、ようやく開いたその瞬間――。

〈信じられない臭気が部屋からどっとあふれ出てきた。便臭と腐敗臭とケダモノ臭がカクテルされた強烈なにおいは、色でもついているかのように目に染みた。その臭気をまるで香水のように身にまとい、垢(あか)まみれの服を着た、ざんばら髪の、腰の曲がった、眼光だけは妙に鋭い、夜叉(やしゃ)か、モノノケか、ヤマンバか、そういう姿をした大場さんが出てきた。「あんたぁ誰ね! なんの用ね!」 下村恵美子は一瞬にしてときめいた。今まで出会ったばあさまの中でも、最強クラスのばあさまだったからだ。玄関先で喜びに震えながら、下村恵美子は立ったまま大場さんの話を聞くことになった〉

 手ごわさは並大抵ではありませんでした。下村さんは二人の仲間の加勢をあおぎ、「あたしゃここで野垂れ死ぬ覚悟はできとる!」というばあさまをなんとかしようと動き始めます。こうして福岡市中央区のはずれにある地行(じぎょう)という歴史ある町の、伝照寺というお寺のお茶室でデイサービスが始まります。

 誰もが手を焼き、困り果てていた一人の老女。孤立し行き場を失っていた彼女の居場所を作りたい。なら、頭で考えるより先に身体を動かせ! 「つべこべ言わずにちゃちゃっとやる!」――そこから、「宅老所よりあい」はスタートします。「施設ありき」ではなく、一人の困り果てたお年寄りに「沿う」(寄り添う、ではなく)ところで幕を開けます。

 やがて、下村さんを起点にした女3人の船出に、村瀬孝生さんという願ってもないプロジェクト・リーダーが加わります。支援する人の輪も広がります。そして「宅老所よりあい」は、ついに総額3億2000万円の特別養護老人ホームを建てるまでにいたります。この間、お金をいかにして集め、難題が降りかかる度にそれをどう乗り越え、たくましく、したたかに存続してきたか。「日本一貧乏な運営をしている施設」といいながら、何とかもちこたえてきた秘訣は何なのか――不思議な生き物の生態を解き明かすかのように、現場を密着レポートしたのが本書です。

 ともかく登場人物がユニークなキャラ揃いです。下村さんは先述した通り(とても全貌は書き切れません)。村瀬さんは「母性本能をくすぐらせたら日本で五本の指に入るような男」というコアラ似の風貌、温厚な人柄の持ち主です。それでいて、二人ともに92歳の大場ノブヲさんに負けないくらい、筋金入りの意地っ張り。大事なことを見失うまいとしている人たちです。

 雑誌『ヨレヨレ』を編集しながら、著者は改めて思います。

〈村瀬孝生は「ぼけても普通に暮らしたい」というお題目で講演を続けている。……よくよく考えてみれば――「ぼけても普通に暮らしたい」というお題目が成立するのは、「ぼけたら普通に暮らせない」社会になっているからだ。なぜそんな社会になっているのだろう。誰がそんな社会にしてしまったのだろう。ただ「ぼけた」というだけで、住み慣れた家での生活に終止符を打たれてしまうのはなぜだろう。その終止符を打っているのは誰だろう。追い立てるように施設に入れて、それで安心を得ている生活者とはいったい誰なんだろう〉

「宅老所よりあい」は、「宅老」であって、「託老」ではありません。命名ひとつに主宰者の気概が読み取れます。「ぼけた人を邪魔にする社会は、遅かれ早かれ、ぼけない人も邪魔にし始める社会だ。用済みの役立たずとして。あるいは国力を下げる穀潰(ごくつぶ)しとして」。

 私たちを待ち受けている「老い」とは、本当にそういうものなのだろうか。それはどうにかできないものなのか。「宅老所よりあい」はそれを自分たちの手の届くところから、地道に、時間をかけて変えていこうとしている……。

 創刊号の表紙に刷りこまれている「楽しもう。もがきながらも。」のキャッチフレーズは、こうした反骨精神のマニフェストです。「あるときはしたたかに、またあるときは笑い飛ばしながら、自分の居場所に旗を立て、その旗もとにどっかり腰を下ろし、今日も明日も明後日も、悠々とふんぞり返って握り飯を食おうじゃないかという心意気の表明」です。

『ヨレヨレ』は、2013年12月に創刊号が、そして翌年5月に第2号、10月に第3号、第4号は約14ヵ月ぶりに、昨年12月に発行されました。1冊500円。本屋に流通させずに3000部を売って、「よりあい」の資金調達の一助にしようという目論見でしたが、いまでは取り扱う書店も次第に増え、創刊号は5刷、第2号は3刷と快進撃を続けます。

 その企画、取材、撮影、執筆、編集、レイアウト、制作進行……すべてを一人でやっているのが、本書の著者です。『ヨレヨレ』をライフワークにしたいと、全力投球の構えです。

〈徐々に組み上がっていく創刊号は、世にも奇妙な雑誌になっていった。職業柄、これまでずいぶんたくさんの雑誌を読んできたつもりだが、そのどれにも似ていない。いびつで、バランスを欠いていて、ねじれていて、やりたい放題で――僕は少しぞっとしてしまった。なんのことはない、自分が本当におもしろいと思う話だけを取り上げて、一人で悪戦苦闘しながら黙々と作ったら、自分という人間にそっくりな雑誌が姿を現し始めたのだ。これは大変なことになった。なんてったって僕は、人から好意を持ってもらえるようなタイプの人間ではないのだ。雑誌までそんなことになったら目も当てられない。本当に三千部も売れる雑誌になっているのだろうか〉

 創刊記念の対談では、詩人の谷川俊太郎さんが認知症度テストを受け、衝撃の診断を下されます。ルポ「看取り合宿・10日間の記録」では、5人の職員が寝食を共にし、96歳のおばあちゃんを看取るまでの詳細な実録秘話が描かれます。表紙と挿画を担当したのは、小学5年生の奥村門土(もんど)君。著者の畏友の息子です。ミュージシャンである父がお題を出し、息子がそれに応える親子の似顔絵キャッチボール。父親のブログにアップされていた絵に目をつけた著者が、この大役に“抜擢”します。少年が一躍時の人となり、『モンドくん』(PARCO出版)まで発売されたのは、驚愕以外の何ものでもありません。

 それもこれも著者の編集者魂のたまものです。

〈「本屋に並んでいる雑誌という雑誌を全滅させてやるぐらいの気持ちで作れ! しくじったら腹を切って死ね! 腹を切って死んでも平気な顔をしてよみがえれ! そして何事もなかったようにまた雑誌を作れ!」 …… 誰に対してなのかはよくわからないが「今に見ておれ!」という感じが僕の中にあった。これだ。雑誌にはこれがある。この感じがたまらなくいいのだ。これさえあればなんとかなる〉

 本書にも、『ヨレヨレ』にも、これをやらなきゃ生きていけない、という人々の熱気がみなぎります。「楽しもう。もがきながらも。」のパワーが横溢しています。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)