今森光彦「里山の匂い」

 里山。最近よく聞くようになったこの言葉から、皆さんはどんなイメージをお持ちになりますか?
 田んぼ、あぜ道、小川のせせらぎ、道端の花、昆虫採集、雑木林。中には、田舎のおばあちゃんの家、昔の文部唱歌に出てくるような村、なんていう方もいらっしゃるかもしれません。おおざっぱに言えば、大都市からは遠く離れた、のどかで、どこか懐かしい場所、という感じでしょうか。一般的には、原生林のような手つかずの大自然ではなくて、人間の生活、特に農業と深く関わり合いながら形成されてきた自然環境を指すようです。

「里山の匂い」を連載中の写真家・今森光彦さんのアトリエは、皆さんのイメージ通りの田園風景が広がる、滋賀県大津市の郊外にあります。北は比良山系の峰々、南にはなだらかな棚田の景色。敷地には雑木林もあって、木と木の間をチョウが舞っていたり……。連載の打ち合わせと称して、担当編集者も時々アトリエへ泊めていただくのですが、いつも景色に見とれて、肝心の打ち合わせや東京のことなど忘れてしまいがちです。

 さて、この連載では、春夏秋冬の年4回、アトリエ周辺の四季を今森さんがカメラで追っていきます。今回のタイトルは「春の香」。いきものを育む暖かい日の光、雑木林で若葉を広げるリョウブ、その林床に咲くカタクリの花、水入れが始まった棚田、シイタケのほだ木と、写真家が早春の里山でかいだ「匂い」が、そのまま写真で表現されています。

 かつて里山では、アカマツ、コナラ、クヌギなどの雑木林を枝打ちして薪を作ったり、炭を焼いたり、農業に不可欠な堆肥や木灰を用意するために枯れ葉などを集めていました。昆虫や野鳥、水生生物、野草の中には、そういった「人の手が加わった環境」で生きている種も少なくありません。つまり、人間も生態系の一部として機能しながら、里山を利用し、同時に維持してきた訳です。

 しかし、現状はどうでしょうか? 日常生活で使われてきた薪や炭がガスと電気に取って代わられ、それまで燃料を供給してきた雑木林は手入れもされず、単なる藪に。そして国の減反政策や合理性の追求で、多様な生物を育んできた棚田も用水路で区切られた「真四角」の田んぼに変わりつつあります。近くで大規模な住宅地が開発されたり、アスファルトの道路が整備されれば、ゴミの不法投棄が増えていくのも当然のなりゆきでしょう。

 今森さんもかつてこんな場面に出くわしました。「アトリエに向かってさらに車を走らせていると、何台ものショベルカーが待機していた。いよいよ本格的な圃場整備が始まろうとしていた。三百年の歴史はあると言われる優美な曲線の畦道も、この地方の風土をかもし出してくれる稲木も、風趣に富んだ三角屋根の小さな農具小屋も、みんななくなってしまう。どうしようもないこととはわかっていても、やはり、ちょっと惜しいような気もする。でも、農作業の辛さや後継者のない昨今の事情を考えるとしかたのないことなのかもしれない」(小社刊『里山の少年』「三百歳の畦道よ、さようなら」より)

 アトリエの周辺でもニュータウンの造成や圃場整備が進んでいます。誌面でご紹介した里山の風景も、あと数年で姿を消してしまうかもしれません。

 ただ、今森さんの写真や講演活動などがきっかけとなり、里山環境の保全に力を入れる自治体が増えてきているのも事実です。今後も連載を通して、一人でも多くの方に「里山の匂い」を感じ取っていただければと思っております。