岩合光昭「海の熊」

 世界で最も人気のある野生動物はなんでしょうか。さしずめ日本人なら、イルカやパンダ、ゴリラなどの名前があがるかもしれません。ところが欧米では、ホッキョクグマがかなり上位にランクされるのだそうです。オスの体長は3メートル、体重は最大800キロにもなる猛獣なのに、毛並みがきれいで、しぐさがどこかユーモラス。子グマはもちろん、成獣もかわいい。そんなところが魅力なのかもしれません。

 写真家の岩合光昭さんは、野生動物を追って、地球上のほとんどの地域に出かけています。アフリカではライオンやチーターやゾウ、オーストラリアではカンガルー、南極ではペンギン、などなど。そして陸上だけではなく、海の中のザトウクジラなども撮影しています。動物の呼吸が感じられるくらいの距離から撮影された大迫力の写真。それまで見たこともない動物たちの姿が捉えられています。そんな岩合さんが、いつかじっくり取り組んでみたいと思っていた被写体が、ホッキョクグマでした。

 場所は、カナダ・ハドソン湾西岸。一年以上にわたって、ホッキョクグマをはじめ、シロイルカやホッキョクギツネなど、極北の動物たちの撮影に挑戦しました。ホッキョクグマは主としてアザラシを食べます。海が氷に閉ざされる冬の間、息継ぎ穴などに現れるアザラシを襲うのです。テリトリーを持たず、想像を絶する広大な地域を単独で行動しています。でも氷のない夏場はたいへん。いくら泳ぎの上手なホッキョクグマも、アザラシにはかないません。ではなにを食べているのか。夏はどのように過ごしているのか。その様子は夏号の誌面で紹介されています。

 極寒の地での撮影条件は半端でなく厳しいものです。なにしろ気温はマイナス40度、時には50度近くまで下がります。巣穴の撮影では、寒いからといって、足踏みなどをして気を紛らわすわけにもいきません。気配を悟られて警戒されてしまってはいけないからです。ひたすら待つ。動物写真家には、とてつもない忍耐力が必要とされるのです。

 また、ライオンなどの猛獣を撮影してきた岩合さんが、今回初めて「怖い」という体験をされたそうです。クマが「おまえを食ってやる」という顔をしたとのこと。でも、条件が厳しければ厳しいほど、手応えを得られた時の充実感は、たまらないものがあるそうです。

 現在、岩合さんは中国で撮影中です。「海の熊」の連載をはじめ、これからも世界を叉にかける岩合さんの作品で、行ってみたいけれど自分では行くことのできない、大自然の素晴らしさを楽しんでいただければと思っています。9月25日には、今回の取材をまとめた写真集『ホッキョクグマ』が発売されます。こちらもあわせてご覧ください。