岩合光昭「カワイイ!」の正体

 野生動物を撮影するとき、思わず「カワイイー!」と叫ばせる瞬間を狙ったり、擬人化する視点で撮ってしまうと、野生動物が本来持っているはずの野性に蓋をし、自然の姿を覆い隠してしまいがちです。岩合光昭さんの写真が素晴らしいのは、私たちがつい口にしがちな「カワイイ」という尺度、態度を取り払い、野生動物に対して抱く通俗的なイメージを軽やかに裏切ってくれるところです。野生動物が本来持っている私たちの知らない何ものかを鮮やかに切り取って見せてくれる──岩合さんの写真は、そのことによって限りなく野生動物に迫っているといえます。

 とはいえ……この岩合さんの撮ったこの写真、最初に出て来てしまうのはやっぱり「カワイイ!」という言葉かもしれません。自然で、そのままで、カワイイ。

 この写真を「肴」にして引用したいのは、吉田健一が『舌鼓ところどころ』のなかに書いていた「飲む話」というエッセイです。冒頭はこのように始まります──「犬が寒風を除けて日向ぼっこをしているのを見ると、酒を飲んでいる時の境地というものに就て考えさせられる。そういう風にぼんやりした気持が酒を飲むのにいいので、自棄酒などというのは、酒を飲む趣旨から言えば下の下に属するものである」(原文は旧字旧かな)。さらに、犬の日向ぼっこについての細かい描写が続きます。ちょっと長いですが素晴らしい文章なので引用してみます。

「犬は体中に日が当って、日光が毛を通して皮膚まで差して来るから、我が代の春を歌って寝そべっている。そういう時、犬を抱き上げて見ると解るが、日向ぼっこを暫くしていた後は、肉まで温まって柔くなっている。そしてそれを見ていても、別にだらしがないという感じはしなくて、ただ如何にも気持がよさそうなだけである。犬は日光に体を任せているとも言えるので、我々も酒を飲む時に、その意味では酒に体を預けて少しも構わない。寧ろそうすべきであり、酒に寄り掛るのと体を預けるのでは、話が違う。身の任せ方にも色々あるのである」

 吉田健一は、犬の日向ぼっこを擬人化しているわけではありません。犬の日向ぼっこをよくよく観察しその感触を確かめながら、酒を飲むことについての考察にまで引っ張り込んで、酒を飲むことの身体性に鮮やかなイメージを加えているのです。ここには犬の日向ぼっこについての発見があり、同時に酒を飲むことについての発見もある。酒についてはもちろん、犬についても通俗的なものの見方は存在しません。

 吉田健一の文章の力と岩合さんのうりんぼうの写真の力には、何か共通する視線のありようを感じてしまいます。……いやあそれにしても、この写真を見ているだけで、私たちのからだまでぬくぬくと暖まってくるではありませんか。