2003年、ボストンからシリコンバレーのマウンテンビュー市に移転新設されたコンピュータ歴史博物館の第一印象は、コンピュータの歴史とは計算の歴史ということでした。展示室の入口に並んでいるのは計算尺や算盤。道具を使って計算をするという点では、確かにコンピュータの先駆けといえます。

 計算機と言えば、第二次世界大戦中、ドイツ軍が使った暗号機エニグマの隣には、アメリカで弾道計算や原子爆弾を開発する目的で作られたといわれる計算機エニアックが置いてありました。エニグマは潜水艦に積むことができるタイプライターほど、一方、エニアックは親指ほどの真空管が無数に取り付けられ、機械というよりも装置といった方がいいような巨大さです。二つの有名な機械を見ていると、昔から戦争にコンピュータが大きく関与していたことがわかります。また、アメリカで開発された展示品がほとんどでしたが、その中に混じって1960年代のNECの大型コンピュータが置かれていました。その他、日本製のPDA、ゲーム機、パソコン、ロボットなどが並んでいて、日本人としては少し誇らしい気分になりました。

 さて、理系出身者や自分でプログラミングする技術を持っている人であれば見方も違ってくるのかもしれませんが、文書作成やインターネット、メールしか使わない文系的人間としては、本体の内部がどんな仕組みになっているかは想像がつきません。ただ、コンピュータだけで一部屋分あるようなエニアックから、家具ほどのワークステーション、そして机の上のパソコンとどんどん小型化し、しかも使いやすくなっていることは展示品を順に見ていくだけで実感できます。

 使いやすさと入力方法の向上では、現在、皆が当たり前のように使っているマウスの開発こそ革命的でした。なにしろ、それまでのコンピュータは、文字や数字をすべてキーボードで打ち込むしかなかったのですから、コンピュータが使えるにはプログラミングが出来ることが前提だったわけです。それがマウスとモニターによるグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)が開発されることで、コンピュータの専門家ではない、一般の人達もパソコンを操ることができるようになったのです。

 博物館には、1964年にSRIインターナショナルの研究者であったダグラス・エンゲルバートとそのグループによって発明された マウスが展示してあります。プラスチック製に見慣れている目には、木製マウスの表面に金槌で叩いたような痕が残っているのが生々しい。この技術はアップル社で商品化され、現在、どんなパソコンにも使われるようになりました。そんな技術革新の歴史にご興味のある方は、シリコンバレー在住でSRIインターナショナルのアジア・プログラム・ディレクターを務める黒田豊氏による「コンピュータ歴史博物館へ行こう!」を御覧下さい。