作家や音楽家が創作のかたわら、自分の出版社やレーベルを持つ例は、ビートルズの「アップル」、菊池寛の「文藝春秋」など、それほど珍しいことではありませんが、それに加えて書店やレコード店の経営までやってしまったケースはあまり思い当たりません。でも、創作者・発行人・書店主を同時にこなして半世紀以上になる詩人がローレンス・ファーリンゲッティ。1950年代から詩集をコンスタントに発表しながら、サンフランシスコのコロンバス・アヴェニューとブロードウェイの交差点にある「シティ・ライツ書店」の経営を続け、同時にケルアック、ギンズバーグなど著名なビート詩人たちの詩集や評論集を出版する「シティ・ライツ・ブックス」の創業者でもあります。

 ノースビーチに位置し「ビート・ジェネレーションの司令本部」(トム・ウルフ『クール・クールLSD交感テスト』太陽社刊)として知られた「シティ・ライツ書店」は初のペーパーバック専門店としても知られています。それまで雑貨屋や売店では売られていても、本棚のある書店ではハードカバーだけが売られるという固定観念がありましたが、それを逆手にとって店の中に並べたのです。

 三角形の社屋はストリップ劇場に道を挟んで対峙し、背後のチャイナタウンを守るように建っています。1階の外側は黒く塗られ、裏通りには壁画が描かれて反体制の雰囲気たっぷり。店内ではむっつりした書店員(とはいえ、話しかけると丁寧にお奨めの本を教えてくれます)が棚を整理しています。1階は最新刊から古典まで小説が揃えられ、地下には人文書から理工書まで幅広く集められていますが、心臓部分はやはり2階でしょう。古今東西の詩集が集められ、なかでもビート詩人のコーナーには、ゲイリー・スナイダー、ケルアックやバロウズ、ブコウスキーらの作品が並べられています。

 ファーリンゲッティはニューヨークで生まれ。第2次大戦でノルマンディ上陸など欧州戦線に従軍した後、復員時に原爆投下から数週間も経たない長崎に立ち寄り、その惨状を見て平和主義に目覚めた、とイラン出身の詩人ソヘル・ダーイとの対談で語っています。その後、渡仏しソルボンヌ大で「近代詩における象徴としての都市」という論文を提出し博士号を取得しました。帰国しサンフランシスコに移り住んでから、1952年、友人が創刊した文芸誌「シティ・ライツ」に寄稿したことが書店業にかかわるきっかけになりました。

「シティ・ライツ・ブックス」が1956年に初めて出版した本はアレン・ギンズバーグの詩集『吠える』でしたが、猥褻出版で告訴されて逆に話題になりました。その後、ビート詩人の代表作や評論、小説を次々と世に送り出しましたが、ファーリンゲッティ自身は、自分をビートニックではなく《ボヘミアン》の最終世代と位置付けていて、アメリカの現状に対する批判的な主張が多いのは、原爆体験が詩作の原点にあるからかも知れません。彼の第2詩集『心のコニーアイランド』は累計70万部、手元にある本の奥付には41刷と記載されていました。