数学を特集したい、という考えが芽生えたのは、小誌二〇〇九年夏号の「日本の科学者一〇〇人一〇〇冊」のときかもしれません。日本のさまざまな分野の科学者の著作を、ポートレートとともに紹介した特集でした。首にツル植物を巻きつかせた牧野富太郎、頬杖ついた湯川秀樹など天才たちの素晴らしい笑顔にあふれていましたが、犬とともにジャンプしている数学者・岡潔の表情は幸福そのものであると同時に無心で、とりわけ強く惹きつけられました。
 岡潔の美しい随筆『春宵十話』にも触発され、切り口は「数学は美しいか」ということにしました。
 理系のテーマに関心をもつ編集部のメンバーは多いとはいえ、数学がとても得意とはいえません。小川洋子『博士の愛した数式』や冲方丁『天地明察』のような小説、サイモン・シン『フェルマーの最終定理』、マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』、藤原正彦『若き数学者のアメリカ』などのノンフィクションといった「入り口」はいくらでも頭に浮かぶけれど、では昨年、京都大学の望月新一さんが発表したABC予想(数学上の未解決の難問のひとつ)の証明のトピックスなどはどう扱うのか。
 そこで、科学/哲学ライターの山本貴光さんに企画段階からご相談しました。山本さんは無類の数学好き。専門家でないからこその柔軟さで、数学の魅力に迫る道しるべを示してもらえたと思います。小説家の円城塔さん、人工知能研究者の三宅陽一郎さん、科学史家の伊東俊太郎さんのインタビューも山本さんの提案で実現しました。
 ところで、本特集はずいぶん多くの方々に取材協力をいただきました。
 メイン執筆者の森田真生さんは本稿のため、ながらく岡潔研究に携わる数学者の高瀬正仁さんを九州大学に訪ねて行かれたし、深川英俊さんは算額紹介で、岐阜県養老町の田代神社、大垣市の明星輪寺、京都・八坂神社、長岡京市の長岡天満宮までご案内くださいました。野崎昭弘さんには原稿だけでなく、表紙の撮影のための数式と証明の板書もご快諾いただきました。筑駒中高数学科学研究会や、東大折紙サークルOristの皆さんもそうです。会って話を聞きたい人がいて、扉を叩くとすぐ開かれる、そんな嬉しい体験ができました。
 数学というとなんとなく内省的な知の作業といった趣がありますが、どうやらそれは間違ったイメージのよう。
 さて、数学者はよく、数式や証明や数学の論理について「美しい」「エレガント」などと表現するけれど、「数学はホントに美しいのか?」という疑問から発した、私たちの特集は――。
 グラフに掲げた、数学からインスパイアされたアートは、言うまでもなく硬質で美しい。立体折紙は、複雑な展開図から立ち上がる過程そのものが見事ですし、百年以上昔の人々が競って奉納した算額は可憐な美をたたえていました。
 それにもまして、私たちの心を揺り動かしたのが、執筆者やお話しくださった方々の数学へのあふれんばかりの愛情です。長岡亮介さんは、数学者の感じる美の真髄を東大の入試問題を例にとって、説いてくれました。唯一、数学オンチを自認される鏡リュウジさんだって、自然界に隠された真実(合理と調和)を探す美しさについて、熱く謳いあげています。まさに「美は、愛するものの眼の中にある」という古い諺どおり。
 数学は愛を呼ぶ。これは円城さんが教えてくれたソ連の数学者、アンドレイ・コルモゴロフの人生に象徴されているように思います。コルモゴロフは、圧政にめげることなく、数学者たちの交流の場を作り、子どもたちが数学に熱を注げるよう生涯を通じて尽力しました。
「私が世界で一番美しいと思う数式・証明」にお寄せいただいた七問は、易しいものではありませんが、その美しさは不思議とまっすぐに伝わってくるではありませんか。

 今号をもちまして、山田太一さんの「月日の残像」(二〇〇五年冬号より八年半)と大貫妙子さんの「私の暮らしかた」(二〇〇六年冬号より七年半)という二つの連載が最終回を迎えます。長らくのご愛読、ありがとうございました。それぞれ加筆のうえ、小社より単行本として刊行の予定です。
 そして、池内紀さんの「富士――ある山の伝記」と、渡辺靖さんの「アメリカン・レガシー」という、力強い新連載が始まりました。どうぞご期待ください。