「はたらく」というテーマを一般論として述べることは、正直に言って、手に余ります。何だか分別くさくて、エラソーに聞こえることを恐れるからです。だいたい、ふだん自分がどんな気持ちで働いているか、ましてや人がどんなことを考えながら働いているかということに、それほど関心を払うことはありません。労働の結果として現れた商品やサービスといったものは感想や評価の対象となりますが、それを提供した側がどんな気持ちで、何を願って、どんなふうに仕事をしているのか、といったことまでいちいち気を使っている余裕はないからです。
 ひと頃は、大学生から就職の相談を受けることがしばしばありました。最近は転職や定年後の再就職の話をよく聞きます。けれども、後々まで心に重く残るのは、やはり若い人たちとのやりとりです。彼らがさかんに口にする「やりがいのある仕事」という問いかけに、身もふたもない応じ方しかできなかったという思いがあるからです。
 振り返って、自分自身が就職を考えていた頃、「こういう仕事に就きたい」という具体的な目標が明確にあったわけではありません。ろくに考えていなかったというのが正直なところです。もっともらしい理由は、後から考えた理屈が大半で、ウソではないけれども、考え抜いた結論というわけでもありませんでした。
 出版社の人気が高いらしい、ただし競争率が高くて難関みたいだ。でも、本は小さい頃から身近だったし、本の手触りには憧れがある。本を書くという行為にも、本を書く人自身にも敬意を抱いている――といったことなどがないまぜになって、何となく希望して、あとは成り行きに身を任せたというのが、偽らざるところです。それが許された、まだ良き時代でもありました。
 なので、自分に向いた職業なのかどうかも不明でした。ある程度働いてみて、次第に分かってきたことばかりです。そして楽しいことだけではないけれども、続けるうちに面白さが分かってきました。つらいこと、苦しいこともあるけれども、それらをすべてチャラにして余りあるような、嬉しい出来事にもめぐり合いました。うまくいかなければ、その悔しさがバネになって、またその次を考える――。
 そんな繰り返しの中に、現在があります。
 だから、「やりがいのある仕事は?」と問われても、人さまざまだし、基準が外にあるわけでなし、自分で見つけるもの、育てるものとしか答えようがないのです。そして、大概の仕事はやってみなければ分かりません。
 今号では、24人の働く人たちの生の姿を通して、「はたらく」ことのヒントを探ってみました。30歳、津波や台風にもめげずに、それでも海で生きていこうという漁師から、42歳、北海道の羊飼い、78歳、小さな島の時計店店主まで、いまの仕事に出会うまでの紆余曲折はあるにせよ、皆さん、情熱をもって仕事に取り組んでいる人たちばかりです。
 じっくり話を伺ったのは、三浦しをんさん。みずからの就職活動を小説にした『格闘する者に○』で作家デビュー。その後も「仕事」をテーマにした作品が多い三浦さん自身の「はたらく」観、仕事との関わり方をたっぷり語っていただきました。
 就活で苦しんでいるあなた、たとえ内定がもらえなくても、社会全体があなたを不必要だと言っているわけではありません。特集に登場している人たちの生き方に接して、少しは肩の荷が軽くなったとか、気が楽になったとか、思っていただければ幸いです。大企業でなくとも、東京でなくても、人生、いたるところに青山(せいざん)あり、なのです。

 作家・安部公房氏が35歳で新築し、『砂の女』『他人の顔』など数々の傑作を生み出す拠点となった調布市の自宅が、この冬に取り壊されることになりました。そのたたずまいを写真で紹介いたします。また戦前・戦後にわたって「検閲」と真っ向からぶつかり合った硬骨の作家・石川達三氏の足跡と、差し替えられていた一文字の「謎」を特別記事といたしました。

 今号で養老孟司さんの「ヨーロッパの身体性」、おーなり由子さんの「みちくさ絵本」が最終回となりました。代わって猪木武徳さんの「自由をめぐる八つの断章」、佐藤卓己さんの「『流言メディア』の時代」が始まります。どうぞご期待ください。