「行くぜ!」
 明らかにそんな顔でした。
「えっ、来るのか?」
 そう思った瞬間、柵を蹴ったリスは私の左肩に飛び移り、首の後ろを駆け抜けて右肩から飛び去って行きました。他に誰もいない冬のストックホルムの公園で、リスは遊び相手が欲しかったのか、それともエサをせびりにきたのかわかりません。リンドグレーンの国に来たという高揚感のなせる業(わざ)だったのかもしれませんが、一瞬、リスの言葉が聞こえたような気がしたのです。その公園には、なにやら含蓄ある台詞を吐きそうな鋭い顔つきのオオカミもいました。
 ヘルシンキでは、要塞の島スオメンリンナに向かって凍った海をすたすた歩いて渡る人を見ました。どこか非現実的な光景で、しばらく目を離すことができませんでした。
 一月末、取材で訪れた北欧の街は、小雪が舞うと、ワルシャワ出身のユリ・シュルヴィッツによる絵本『ゆき』そのままの美しい景色となり、角野栄子さんがインタビューで語ってくれたような「物語性をたたえた風景」であふれました。ああ、こうした空気の中で、ピッピが生まれ、やかまし村の子供たちが育ち、ムーミントロールが冒険したのだ。そう腑に落ちる気がしたものです。

 今号では、海外児童文学を特集しました。どれも読んでいただきたいものばかりですが、とりわけ圧巻は「私を育ててくれた一冊」に集積した熱量です。子供の頃に読んだ本が、どれほど強い光でその人の人生を照らし続けてくれるのか。それがよくわかる読み応えのあるエッセイばかりです。
 作家になった原点として「メアリー・ポピンズ」を挙げた富安陽子さんが、ある講演で「ムーミンを読んでいた頃、気分は完全にムーミン谷の住人だった。私はあそこに住んでいた」と語っていたのを記憶しています。たしかに、子供時代、大人とは次元の違う物語世界への“沈み込み方”をしていたように思います。
 サトクリフの『運命の騎士』が「私の心の底に、いまに至るまで輝き続ける、物語の魂のようなものを宿してしまった」と語る上橋菜穂子さん。「ケストナー作品は、私の漫画家としての創作活動の血であり肉でもあったのだ」と書いた柴門ふみさん。「『芸人的』なものへの憧れを与えてくれた作品が、『モモ』かもしれない」と言うサンキュータツオさん。『さんご島の三少年』を幼い頃に読んだことが「貴重な財産だ」と振り返る山極寿一さん……言葉や文化の違いを超えて、力強い物語は子供の心を掴んだことがわかります。
 とはいえ、物語は自分で勝手に国境を超えるわけではありません。忘れてならないのが、遠い国の物語を見つけてきた人、翻訳した人、編集した人、子供たちに届けた人――まさに石井桃子さんのような人――がいたことです。戦火をくぐり抜けて翻訳を続けた村岡花子さんの強い意志と使命感がなければ、日本で半世紀以上読みつがれてきた『赤毛のアン』という物語に私たちは出会えなかったかもしれません。
 そういえば、北欧への旅は、菱木晃子(ひしきあきらこ)さんという翻訳者を再発見する旅でもありました。ウルフ・スタルク作品の翻訳者として菱木さんの仕事に初めて触れたと思っていたのですが、旅を終えて自宅に戻り、子供たちに何十回と読み聞かせをしたエルサ・ベスコフの絵本をふと見ると、訳者には他でもない菱木さんの名が――。不明を恥じるばかりですが、十数年もの間、訳者の名前を意識することなく作品を味わい、楽しみ続けていたのでした。改めて、海外児童文学の恵みとは、作者からの贈り物であると同時に、翻訳者からのプレゼントだと認識した瞬間でした。

 今号で、一保堂・渡辺都さんの「京都寺町お茶ごよみ」が最終回となりました。この秋、単行本として弊社より刊行予定です。
 代わって、医学界屈指の読書家、向井万起男さんによる本の紹介「どんな本、こんな本」が始まりました。初回は、これからの連載を前にしての「大施政方針演説」です。この先、どんな本が登場するのか、どうぞお楽しみに。