文庫本の特集です。といっても、いわゆるブックガイドのような読書特集ではありません。文庫本というカタチ、あるいはその出版形態が、私たち読者に何をもたらしてくれたのか――を、改めて見つめようという試みです。
 今年は新潮文庫が誕生して百年にあたります。今号の表紙やグラビアにあるように、一九一四年(大正三年)にデビューした「第一期」新潮文庫は、地券表紙に背クロス貼り継ぎといった上製の造本で高級感を出しながら、サイズは手のひらにすっぽりおさまる小型本。
「泰西名著」の「責任ある全譯」を謳い文句に、トルストイ『人生論』、ギヨオテ(ゲーテ)『若きヱルテルの悲み』、ダスタエーフスキイ(ドストエフスキー)『白痴』など六点を最初に刊行しました。それを「未曾有の廉價」――一冊二十五銭の統一価格で売り出したのですが、当時は木村屋のアンパンが二銭、ゴールデンバット(煙草)が六銭という時代ですから、かなり高価なものでした。
 そのせいもあってか百点の刊行予定が四十三点で中断。第二期新潮文庫として再チャレンジするのは、一九二八年(昭和三年)になりました。
 その間に関東大震災があり、それに続く不況の中で、昭和の「円本ブーム」が巻き起こり(一冊一円という改造社の『現代日本文学全集』が空前のブームに)、そして一九二七年(昭和二年)に、いまの文庫本の原型とされる岩波文庫が創刊されます(文庫本の始まりについては、明治三十六年から冨山房が刊行していた『袖珍(しゅうちん)名著文庫』をもって嚆矢とするという説も有力です)。
 ともあれ、小型にして廉価の叢書という形態がこのあたりで完全に市民権を得て、読書人口が飛躍的に拡大したことは間違いありません。
 私の読書歴を振り返っても、自分の小遣いで少しずつ書棚に揃っていく文庫本の背表紙が、十代半ば頃からのエンジンでした。カジュアルな体裁なので、「読書」という言葉にまつわる重苦しさや圧迫感が軽減され、どこでも読める文庫本は、湯船の中から寝床まで、また旅行の道づれとしても最適でした。外出する直前に、きょうは電車で何を読もうかと悩み始め、それに時間を取られたこともしばしばです。読書の基本は文庫、という深い付き合いが、いまだに継続しているのも驚きです。
 ただ、ひと口に文庫本といっても、版元によって微妙な差異があることはご存じの通りです。A6正寸といわれる左右一〇五ミリ×天地一四八ミリが標準のフォーマットですが、本棚に並べた際にわずかな背丈の違いがあるように、寸法だけでなく、紙質や書体、文字の大きさや組み方、表紙デザインなど、それぞれの文庫本によって特徴があります。さらに帯、しおり(紙のしおりか紐しおりか。スピンと呼ばれる後者は、新潮文庫の代名詞でもあります)、シンボルマークの意匠、解説の有無、解説者の人選、奥付、著者紹介まで、細部を「ためつすがめつ」眺めれば、さらに個性の違いが浮かび上がります。
 また一般に、日本の文庫本はドイツのレクラム文庫に「範を求めた」と言われますが、古来、和本の世界には“小本”の伝統があり、懐中に袖珍本をしのばせる下地がありました。またヨーロッパの小型廉価本の歴史をひもとけば、グーテンベルクの活版印刷が誕生して間もない一五〇一年に、海の都ヴェネツィアでアルドゥス本なる小型本が生まれます。古典文芸の復興から始まったルネサンスの流れを、活版印刷という新たな技術と結びつけ、より広範な読者層への橋渡しをしたのが、アルドゥスという出版人です。
〈つまりアルドゥスはハンディな文庫本で古典の名作を取り揃え、市民レベルでの文芸復興を果たした。文庫というスタイルで、市民の掌のうえにルネサンスを実現したのである〉(気谷誠「掌のうえのルネサンス」、「芸術新潮」二〇〇一年七月号)
 私たちは程度の差こそあれ、文庫という「小さな本の大きな世界」の懐に抱かれながら育ってきました。そしてこれからも文庫本との付き合いは、ますます深まっていくことでしょう。点数が増え、ラインアップの多様化がさらに進展し、文庫が存在感を高めつつあるいま、本好きにとって欠かせないパートナーを、あえて特集した所以です。
 また、「世界一美しい本を作る男」で注目されるドイツの出版社シュタイデルを二回にわたってルポします。