ヨーロッパ数学紀行、三週間に及ぶ旅は、出会いと驚きの詰まった濃密なものでした。あれは見た? と現地の方に言われたら、行かないわけにはまいりません。人が人をご縁で紹介してくださることも多く、原稿の充実のために、イタリア、ドイツ、イギリスと、各国で数多くの数学者の方々に話をうかがいました。数学者の方の部屋にはある共通点がありました。
 それはなにかといえば、「黒板」です。

 チョークで書く黒板、ないしはそれに類するホワイトボードや大きなスケッチブックなど。そこにはさまざまな数字や文字が並んでいることもあれば、「さあ、どうぞ」と言わんばかりになにも書かれていない状態のこともあります。聞けば大概、「だって話をしていたら数字を必ず書かなくちゃいけないから」という答えが返ってきます。なるほど。実際に、話が熱を帯びてくると、そこは文字や数字でみるみるうちに満たされて行きます。
 新井紀子さんのご著作やお話にもありますが、数学というのは、数千年かけてできあがった究極の人工言語でもあり、書き言葉でもあります。つまり、その黒板のまっさらな状態こそ、数学の言葉に対する態度なのです。旅の途中からそんなふうに思うようになり、新たなインタビュー現場に行くと、「黒板」を探して「よかった。あったぞ」と安心するほどになっていました。
 黒板を前に来訪者を待つ。
「この人はどんな面白いことを教えてくれるだろう」――森田さんの名前も雑誌のことも、知らずに会ってくれた方が多かったと思います。理由を聞けば、「よくわからなかったけれど、面白いかなと思って」「断る理由もないし」「英語が通じるなら問題なし」。こんなふうに気取りなく異国の研究者を迎えられたらいいなあ、と思いませんか。ですが、数学者ならずとも、未知のものに対して、そんな姿勢を日々保っていくのは案外と簡単ではないことかもしれません。
 今回の特集は、森田真生さんの元気でたくましい知性との遭遇から始まりました。互いにとって幸運な出会いは雑誌としてそうある訳ではないと思いますが、いつも心の中には黒板を用意していたいもの。個人としても雑誌としても、いつでも目を輝かせていたいものです。(真)

 公開初日に駆けつけて、映画『イミテーション・ゲーム』を見てきました。第二次世界大戦中、解読不可能と言われたドイツの暗号エニグマを解き明かしたイギリスの天才数学者アラン・チューリングの数奇な人生を描いた伝記ドラマです。劇中の三つの重要な場面で、次のセリフが効果的に繰り返されます。「時として誰も想像し得ないような人物が、誰も想像しなかった偉業を成し遂げる」――。最初に登場するのは少年時代に変人扱いされ、いじめの対象になっていた主人公を、友人がさりげなく励ますシーンです。
 アカデミー賞授賞式で、脚色賞に輝いた本作の脚本家が、「十六歳の時、私は自殺を図りました。しかし、そんな私が今ここに立っています。私はこの場を、自分の居場所がないと感じている子供たちのために捧げたい。あなたには居場所があります。どうかそのまま、変わったままで、他の人と違うままでいてください」と感動的なスピーチをしたことを思い出します。「普通でない」生き方を貫いた天才数学者の悲劇性を浮かび上がらせて、非常に見応えのある作品でした。
 そのチューリングが活躍したブレッチリー・パークを最終地点として、ローマに始まる二千年の「計算史」の数学紀行を森田真生さんが敢行したのは昨年十月のことでした。スケジュール表を見て、あまりの過密さにこれがはたして消化しきれるものかと危惧しましたが、赫々たる成果を携えて元気に帰国してきた姿を見て、若さの勢いに脱帽するしかありませんでした。
 旅を通じた森田さんの思考の深まり、行く先々で出会った人たちとの対話、そして新井紀子さんのインタビューを、特集でたっぷり楽しんでいただきたいと思います。
 また吉川浩満さん、山本貴光さんの対談も新世代の「知的生産の技術」として興味深いセッションです。それぞれに、いま話題の本を刊行したばかりの若き探究者たちです。
 今号で内澤旬子さんの「ニッポンの馬」、渡辺靖さんの「アメリカン・レガシー」が完結しました。いずれも近く小社より単行本として刊行の予定です。(和)