空のかなたにうかぶ月。
 ひんやりとして静まりかえり
 空気はなく、生き物もいない。
 でも、月は頭のうえで
 こうこうとかがやいている。
 『月へ―アポロ11号のはるかなる旅』
 ブライアン・フロッカ 日暮雅通・訳)

 シンプルながらこまやかで温かい絵と心地よいリズムをもつ文章で、人類が初めて月面着陸の偉業を成し遂げたエピソードを、子どもにもわかりやすく伝えるこの絵本に出会ったのは、四年前でした。
 当時四歳の長男が図書館で偶然見つけ、食い入るようにページをめくり、「ぜったいこのほんかりる」と言い張りました。それまでまったくロケットや月などに興味を示していなかったにもかかわらず。
 家に帰ったあとも何度も繰り返し読み、あまりに没頭するので、改めて同じ絵本を買い、原書との読み比べもしました。
〈月はいったいどこからきたのだろう?〉
 そんな質問をされても、今まで考えたことのないことがらで答えに窮するばかり。しかし、過去の偉業を讃えるだけでなく、今なお残る月や宇宙の謎を投げかけ、地球の美しさをそっと目の前に差し出すようなこの絵本がきっかけで、息子たちだけでなく、はからずも私自身も宇宙に惹かれるようになりました。
 今回の特集では、宇宙に魅了された多くの方々に出会いました。みなさん、宇宙の話題になると、心から楽しそうな顔をされるのが印象的でした。とはいえ、宇宙をめぐる現状には、単にロマンチシズムや好奇心だけでは乗り越えられない課題も山積しています。
 そういった問題認識をしつつも、じっと夜空を眺めていると、都会でもかすかにまたたく光が見えます。あの光が自分の目に届くまでの時間・距離を考え、そのさらに向こうにある星を、銀河を想像し、その壮大なスケールに身をゆだねることにこそ、〈宇宙〉を考える醍醐味があります。そんな気を失いそうなほど広い宇宙のなかで、確実に私たちは生きている。
〈あたたかさと光に満ちた地球に帰ってきたんだ〉
 そう、宇宙を考えた時、私たちの思考も、足元の地球や自分たち自身に帰ってくるのです。
 特集記事を通して、今まで知らなかった宇宙の魅力にたくさん気づかされました。そして、そんな新しいおもしろさと出会うきっかけをつくってくれた『月へ』と息子たちに感謝します。(絢)

 小学生の頃にガガーリンが人類初の宇宙飛行を行い、高校生でアームストロング船長が月に降り立つ姿に興奮し、その間はマンガとテレビ映画で宇宙ものを楽しんで……というごくありきたりの個人史の上に、いきなり宇宙が降ってきたのは、80年代初めに仕事で立花隆さんの『宇宙からの帰還』の予備取材や、トム・ウルフの傑作『ザ・ライト・スタッフ』の翻訳掲載に関わった時です。いずれも単行本化されて評判になり、今号では、向井万起男さんが「宇宙飛行士物」として真っ先に紹介して下さる光栄にも浴しました。ただ、宇宙といっても、どうも私の関心は人間中心主義に偏っているようで、宇宙物理学の話となるとラテン語を聞いているのとほとんど変わりません。
 ところがそこは村山斉さんのような語り手になると、いつのまにか話に引き込まれているから不思議です。これも実は、村山さんという個性に魅せられているというのが真相で、今回の向井万起男さんとの対談は、いろいろな意味で至福のひと時でした。片や電子顕微鏡を友として人体というミクロコスモスを探求してきた病理医の向井さん(宇宙飛行士の夫でもありますが)と、片や電波望遠鏡のかなたを睨み、宇宙の謎を解明しようとしている村山さん。「よくわからない」からこそ面白い、というお二人のやりとりを是非楽しんでいただければと思います。
 猪木武徳さんの「自由をめぐる八つの断章」、佐藤卓己さんの「『メディア流言』の時代」、四方田犬彦さんの「母の母、その彼方に」が今号で最終回となりました。いずれも小社より単行本として刊行の予定です。代わって、是枝裕和さんのエッセイ連載「空の虫かご」が始まります。(和)