Kangaeruhito HTML Mail Magazine 002
 ふたたび伊丹十三さんについて


 来年早々、1月4日発売の第3号は、特集以外の原稿はほぼすべて入稿作業を終えました。今は特集「エッセイスト伊丹十三がのこしたもの」の編集に追われる毎日です。

 伊丹さんのエッセイには、単行本未収録のものが少なくありません。著作を単行本としてまとめる際に、おそらくご自身の厳格な目で取捨選択が行われたのではないか、と思われます。しかし、未収録のエッセイが単行本に収録されたものに較べて出来が悪い、とはとても思えないのです。

 というよりも、こんなに面白いのに敢えて(?)収録しなかった理由はなんだろう? と思わずにいられないものばかりなのです。たとえば、週刊文春で連載されていた「原色自由図鑑」。この連載は『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』として単行本化されています。しかし何回分かは未収録なのです。そのうち、「アメリカ」をテーマにした原稿が3回分あるのですが、これがなぜか収録されていない。

 今回の特集のなかで担当編集者だった文藝春秋の新井信さんにお話をうかがいました。新井さんによれば、単行本化される際にはいつも必ず伊丹さんの頭のなかに目次立てがすでに出来ていて、取捨選択も終わっていたのだそうです。「なぜこれを落とすのか、という説明はなかったと思います」とのこと。しかし、この「アメリカ」をテーマにしたエッセイが伊丹さんならではの観察力と洞察力に満ちた傑作なのですから不思議です。

 現在の世界の動きを大きく左右するアメリカという国の本質を四半世紀も前にこれほど鋭く見抜き、かくも柔らかく、目に見えるようにとらえることができていたとは! と感嘆せざるを得ないのです(特集で再録する予定ですのでぜひお読みください)。

 エッセイストとしてもっとも輝いていた70年代、伊丹さんはテレビの世界でも数多くの仕事をのこしました。「遠くへ行きたい」、「天皇の世紀」、「欧州から愛をこめて」といった番組や、西友、味の素、松下電器、ジョニー・ウォーカーなどのコマーシャルフィルムへの出演です。しかしこれらの仕事は単なる「出演」にとどまるものではもちろんありません。制作スタッフと議論をし、演出にもアイディアを出し、自らも制作者の側に立って参加するスタイルで関わったものばかりなのです。伊丹さんの関わった番組やCMは数々の賞にも輝いています。

 当時、伊丹十三さんと共にテレビの仕事をされた方々にもお話をうかがうことができました。また貴重なビデオテープを拝借し、そのなかのいくつかは誌上で画面の一部を再録する予定ですが、四半世紀前に見ていたものをあらためてビデオで見直すと、テレビの仕事もすなわち「エッセイスト伊丹十三」のエッセンスがしっかりと刻印されているということがわかります。また、テレビでの仕事が「エッセイスト伊丹十三」に少なからぬ影響を与えてもいたのだ、ということも見えてきます。

 特集を組むにあたって驚いたこともあります。それは、「伊丹さんを特集で取り上げるんです」と友人知人・先輩諸氏に何気なく伝えると、突然目の輝く人が実に多かった、ということです。「考える人」で連載をお願いしている建築家の中村好文さんには、私が知らなかった未収録エッセイの存在を教えていただきました(中村さんはその雑誌の切り抜きをきちんとファイルされていたのです! この一部も今回収録する予定です)。連載「考える手」に登場してくださる家具職人の横山浩司さんもご夫妻で伊丹さんのエッセイの愛読者と判明。奥様は中学生の頃、伊丹さんが光源氏を演じたテレビドラマ「源氏物語」を親に隠れて見ていた、という「告白」もされていました。「伊丹人気」おそるべし。

 池澤夏樹さんも「伊丹さんのエッセイは何度も読んだよ。覚えちゃったものもあるなあ」とおっしゃいますし、重松清さんは『日本世間噺大系』に代表される伊丹さんの「聞き書き」の仕事の素晴らしさについてならきちんと書いておきたいことがある、と担当編集者に伝えてくださいました。「考える人」のアート・ディレクターの島田隆さんは伊丹さんがPR誌に書いていた単行本未収録のエッセイを持ち出して見せてくださいました。このメールマガジンの担当をしている新潮社パーソナル事業部の内山君も「実は僕も大学時代、伊丹さんのエッセイに夢中になったことがあるんです」と打ち明けて(?)くれました。

 実は前回のメールマガジンを読んでくださった読者からもさっそく反響が届いています。なかには私が確認できないままでいた伊丹さんの映像作品について具体的に触れられている方もおられました。私が長年にわたって解決できずにいた疑問が1通のメールで氷解した次第です(村田哲生さん、貴重な情報をありがとうございました)。また、ある方からは、「伊丹十三のデザイナーとしての仕事もぜひ取り上げてください」という要望も出ています。伊丹さんの装幀の仕事、あるいは雑誌広告のデザインの仕事なども集め始めればかなりの量になるでしょう。

 特集のページには限りがあります。今回そのすべての成果を盛り込むのは到底不可能ですし、まだまだ発掘できそうな材料もたくさん残されています。もし事情が許せば、ある程度の準備期間を経て、エッセイスト伊丹十三の仕事の全体像を別なかたちでまとめておきたい、という気持ちが今たかまっているところです。どのような形で実現できるのかは、またあらためてお伝えしたいと思います。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
All right reserved (C) Copyright 2002 Shinchosha Co.