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養老孟司『手入れ文化と日本』(白日社)


おしゃべりではない人の言葉の重み

 本書は養老氏の講演集です。同じ版元から『脳と自然と日本』と題する講演集が刊行されており、本書はその第二弾。

「考える人」の創刊号のインタビューでも触れられていたとおり、養老氏は幼い頃「挨拶のできない子供」だったそうです。つまり極端な口べた。ところが大人になった養老氏の話は面白い。立て板に水、という話し方では決してないのですが、語られる内容は極めて示唆に富んでいます。

 タイトルにあるとおり、本書に一貫して流れているテーマは、日本には「手入れ」という思想があった、ということです。里山は自然のまま存在するのではなく、人間が下草を刈り、枝をはらうことによって保たれることのできた「手入れ」された自然だった――たとえば昆虫ひとつとっても、原生林では見られない虫が里山にはたくさんいます。養老氏によれば、私たちにも親しいモンシロチョウなどは里山がなかったらあるいは希少種になっていた可能性すらある、といいます。

 毎号「考える人」の巻頭を飾っている、里山に住み撮影活動を続ける今森光彦氏の仕事によって、私たちにも里山は具体的にイメージしやすいものになりました。 ところが、都市化の大きな流れのなかで里山の「手入れ」の思想が廃れて、日本の里山は今徐々に消えてゆこうとしているのです。

 本書では今さかんに論じられている少子化についても語られています。自然が排除される都市生活のなかで、子どもは「自然」そのものです。自然を排除する生活に慣れ切った人間が、自然のごとく「どうなるか予測がつかないもの」である子どもを欲しがらなくなるのは道理である、というのが養老氏の視点です。

 子どもの教育というものも、「手入れ」の思想によって説明できるのではないか、という論点も実に説得力があります。ところが最近の親は、子どもをテレビの前に座らせてしまう。テレビに釘付けになっている間は親も手がかからない。しかしテレビは子どもに対して何の反応もしないのです。養老氏が提示する「手入れ」と教育の問題は、親がああだこうだうるさく言うことの意義を再認識させてくれると思います。

 ついでながら、講演のなかで繰り返し登場するのが「方丈記」と「平家物語」。講演集を読み終えると、思わずそれぞれの古典にあたりたくなるというおまけ付きでもある、本書は大変に刺戟的な本です。
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