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内田樹『期間限定の思想―「おじさん」的思考2―』
(晶文社)


「近頃の若者は、なんで言葉の末尾のイントネーションを上げるんだ」という怒りの指摘が最近はあまり聞かれなくなったような気がします。使う方も聞く方も慣れてきたのでしょうか? そうではなくて、イントネーションの右肩上がりがしだいに下方修正されたのでしょうか?

 イントネーションが上がってしまう心理を、怒りとともに分析する声もありました。「だいたい今の若い者は会話のなかで断定することが恐いのだ。断定することによって、相手から嫌われたり、自分の言葉に責任をとらされるのも嫌なのだ。まったく腰抜けの意気地なしだ!」。

 自分で判断できない。自分で決定できない。こういう態度は今最も分の悪い態度です。論の立てられ方次第では、日本全体が地盤沈下を続けている元凶のひとつにさえ挙げられかねない「良くない態度」「改善すべき態度」なのです。

 しかし、自分で判断でき自分で決定できることが、かえって自分を苦しめてしまうこともあるのだ、という考え方もあります。
 まず、本書の冒頭を引用してみましょう。
「精神科を訪れる若い女性患者が激増している。三〇代の、先端的な仕事をしている、高学歴の独身女性にその傾向が強い。不眠症や鬱病は序の口で、精神分裂病の初期症候を来たしている人も少なくない。」

 彼女たちを苦しめているものは何か。内田氏によれば、「一人で生き、一人で運命と対峙し、一人で責任をとり、一人で問題を解決する」ことほど精神的に追い詰められる状況はない、といいます。すなわち自立する都市型キャリア・ウーマンにこそ、この精神的重圧が集まっているのではないか、という指摘です。

 話はここからさらに「男に支えられない女は弱い」という問題にも踏み込んで行くのですが、こうして要点だけをかいつまんでしまうと、まるで旧弊な男性優位社会への回帰を訴える本と誤解されてしまいそうです。いえいえ、とんでもありません。内田氏の視点はそのような保守性とは無縁です。思考の重心を自在に移動できる柔らかさと、自己批評性をも兼ね備えた大人の「面白さ」があるのです。

 本書は、「説教」というスタイルを借りた「対話」的思想書、とでも言うべきものです。目次からその対話のテーマをいくつか引けば、「ひとはなぜ仕事をするのか」「断定するひとを見たらバカと思え」「子どもたちはなぜ街で坐るのか」「ほんとうの恋がうまくいかない理由」「社員をバカ化する企業の終焉」「背中が死んでいる人びと」「マンガしか読まない子をもつ親のマンガ擁護論」……といったもの。

 著者は他に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)という著作もあります。これがまた実に面白い。そのあとがきではこんな書き方もしています。「レヴィ=ストロースは要するに『みんな仲良くしようね』と言っており、バルトは『ことばづかいで人は決まる』と言っており、ラカンは『大人になれよ』と言っており、フーコーは『私はバカが嫌いだ』と言っているのでした。」

 こういう文体を面白いと思える人ならば、本書は絶対のオススメです。哲学や思想は、やはり生活の上でこそ生きてくるものなのだ、というあたりまえのことをときどきニヤリとさせられながら再確認できる快著です。
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