Kangaeruhito HTML Mail Magazine 014
 金槌、喘息、逆子の話

 私は三十歳になるまで「金槌」でした。ある日「金槌のまま老いて死んで行くのは嫌だ」と突然思い立ち、当時住んでいた渋谷区の初心者水泳教室に申し込みました。初心者教室の生徒は私以外全員女性。そもそも「金槌」であること自体が恥ずかしいんだから、いまさら男ひとりが恥ずかしいなんてたいしたことじゃない、とかえって肚がすわり、週一回のレッスンが楽しみになりました。最初は二人ひと組での水中ジャンケンから始まって、自分にそなわる浮力を確認したり、「けのび」を練習したり、ひととおりのコースを終える頃には、少なくともクロールなら息つぎをしながら泳げるようになったのです。

 泳げるようになっても、どこか不安は残りました。体調によってはうまく水にのり、抵抗を感じないまま長距離を泳いでいられる場合もあるのです。しかしからだの芯には水に対する恐怖心が残っていて、水にのれず、息つぎもうまくいかず、突然不安がもくもくと胸いっぱいに満ちてくると、思わず泳ぐのをやめてプールのなかで立ってしまう。泳ぎというものはどこかに不安定なものを残す不思議なスポーツでした。

 泳げるようになって間もなく、当時所属していた月刊誌「SINRA」の連載で、スキューバ・ダイビングの免許をとるという体験レポートを担当することになりました。沖縄在住のカメラマン垂見健吾さんに同行してもらい、短期集中スクールに通うことになったのです。さりげない顔をして東京を出発したものの、内心は深い海を想像するだけでどきどきし憂鬱でした。

 浅い岸辺での基本練習を終えれば、自動車免許なら「仮免」になります。そして濃紺の、海底十数メートルの世界に降りて練習するのがいわば「路上教習」。今も忘れない練習場所は、米軍の海兵隊員が無茶なダイビングをして事故死したこともあるという真栄田岬でした。どうしても恐くて途中でレッスンをやめてしまった女の子が濡れた髪のままぽつんと座り込んでいたのを思い出します。私も初日は緊張のピークでした。

 インストラクターの指示にしたがって、深い海底へと続く太い鎖を片手で掴みながら、これから下降開始、という時でした。「あ、駄目だ。死ぬ」。それぐらいの恐怖が突然私に襲いかかり、掴んでいる鎖を両手でわしづかみにして、恥も外聞もなく海面に浮上したい、と思ったのです。パニック状態です。

 水泳教室にしても、ダイビングにしても、恐怖のなかで思い知らされたのは、呼吸ができなければ人間は生きては行けない、という単純な事実です。水中で息ができず肺に入ってくるのは冷たく塩辛い海水……。これほど恐い感覚はありません。

 私たちは誰もが、最初は母親の胎内の羊水に浮かんでいました。もちろん肺呼吸はしていません。呼吸も栄養補給も臍の緒という一本のライフラインに委ねられています。胎内の海に住むいわば「水棲生物」であった私たちが胎内から外界へ出るときに、突然肺による呼吸を始めなければならないのです。このドラスティックな変化は、魚が進化して爬虫類として陸に上がった状況に匹敵する劇的変化といえるのではないでしょうか。

 海に郷愁を覚え、沖まで平気ですいすいと泳ぐ人がいます。かと思えばどうしても泳ぐことが苦手で、一生「金槌」で終わる人も少なくないはず。同じ人間なのにどうしてこうも違うのでしょうか。

 そのヒントになるのかどうか、呼吸についてこんな文章を読んだことがあります。吉本隆明氏が主宰していた雑誌「試行」に連載されていた鈴木秀男氏の「気管支喘息論」。鈴木氏によれば、出産時になんらかの困難が伴うと「呼吸というものは辛い大変なものなのだ」という感覚が無意識のうちに赤ちゃんに刷り込まれ、それがのちの気管支喘息へとつながることがある、というのです。

「気管支喘息論」で興味深かったのは、吉行淳之介の文学を「呼吸」の問題として解読するところでした。吉行氏は気管支喘息の持病がありました。そして吉行文学のひとつの特徴は、「空気」や「匂い」や「湿度」といったもの、あるいは「気配」とでもいうものに敏感に感応する主人公の傾向です。そもそも「空気」や「匂い」や「湿度」にこだわること自体が、呼吸というものに神経過敏になっている証であり、それがすなわち「気管支喘息」的なありようだというのです(「試行」の掲載号が手許になかったので以上は私の記憶によるものです)。吉行氏には最初の呼吸の経験に何か困難があったのでしょうか。

 私は逆子で生まれたそうです。次号の「からだ」の特集のために、先日取材をさせていただいた助産婦さんの話によれば、逆子は赤ちゃんにとってかなりの負担を強いる出産だそうで、最近の病院では、帝王切開になってしまう場合が多いようです。とくに赤ちゃんの呼吸ということに関して少なからぬ危険性の伴う出産なのだ、ということでした。

 実は私は小学校三年生まで、比較的重い小児喘息でした。ある時期まで、自分が喘息だったのは、親の過保護に対するひとつの反応だったのではないか、と思っていました。しかし、助産婦さんのお話と鈴木秀男氏の「気管支喘息論」を併せて考えると、ひょっとすると私が海や水を恐がることのなかには、出産の現場で自らが経験した呼吸の困難さの記憶が深く関わっているのではないか、と想像をたくましくしてしまうのです。

 気管支喘息には環境汚染による公害病というケースもあるでしょうし、遺伝によるものもあるでしょう。そもそも病気は単一の原因で起こるとは限りません。病気を何かの因果によるものと考えること自体が怪しい発想なのかもしれず、これは出来過ぎの「物語」かもしれません。みなさんはどう思われるでしょうか? ……今回はずいぶん長々と書いてしまいました。読まれるうちに息苦しくなってしまったかもしれませんね。それでは最後にその助産婦さんのお話。

 出産直後の赤ちゃんの最初の呼吸は「吸う」のか「吐く」のか、どちらだと思いますか? 私はこれまでそんなことを考えたこともなかったのですが、助産婦さんにうかがってその事実を初めて知りました。呼吸ばかりではなく、月の満ち欠け、潮の満ち引きと出産のリズムとの深いつながりなど、目からウロコが落ちるような話、というか、お臍のあたりがむずむずするような話をいろいろとうかがいました。そして、赤ちゃんの最初の呼吸が「吸う」のか「吐く」のかどちらなのかの答えは……どうぞ次号の特集までお待ちください。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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