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三木成夫『内臓のはたらきと子どものこころ』
(築地書館)


 こころとは、脳の機能のひとつである──。そうは思っても、「胸」がキュッとしたり「はらわた」が煮えくり返ったりするときに、「ああ今自分の脳が反応しているのだな」とはあまり思えないものです。こころは胸のあたりにある、とどこかでまだ無意識のうちに私たちはそう感じ続けてはいないでしょうか?

 名著『胎児の世界―人類の生命記憶―』(中公新書)の著者である故・三木成夫氏は、一九八〇年代前半、「こころは内臓にこそある」と説きました。その頃は、DNAを中心とする分子生物学や脳科学が飛躍的に進歩した時代です。東京大学医学部解剖学教室で養老孟司氏よりちょうどひとまわり先輩だった三木氏は、養老氏との親交もあり、分子生物学や脳科学についても当然、知悉していたはずです。

 当時、東京芸術大学教授の職にあった三木氏の「生物学」の教室では、講義が終わると学生たちから自然に拍手が起こったそうです。講義は様々な図やイラストレーション、写真に補強されながら展開しました。なかでも、刻々と変化する胎児の顔のイラストレーションや、氏自身の子どもを撮影した写真は、独特の間のある話し方とあいまって、聞く者の心ををとらえて放さなかったといいます。

 三木氏が生前に残した著作は二冊しかありません(それ以外に、没後にまとめられ刊行された本が数冊あります)。最初の一冊が本書、そして次に書下ろされたものが『胎児の世界』です。初めて三木氏の著作に触れようとなさる方には、まず本書をお勧めしたいと思います。本書は講演をまとめたものであり、話し言葉の馴染みやすさによって、三木氏の話芸の片鱗も味わえます。三木思想の全体像を俯瞰できる一冊です。

 三木思想のひとつの土台になっているものは、「人間の胎児が母親の子宮のなかで成長してゆく過程は、三十数億年におよぶ生命の進化の歴史を追憶するかのように、その姿をひとつひとつ再現している」という考え方です。つまり、胎児は、えら呼吸していた魚類から、上陸して肺呼吸に切替えた爬虫類、そして現在の哺乳類としての姿かたちを順番に再現しながら成長していくのだ、と言うのです。

 そして、妊婦の「つわり」は、私たち生命がえら呼吸から肺呼吸へとドラスティックな進化をとげた時期を、胎児が再現しているかのように見える場面で起こる――三木氏はそう指摘します。にわとりが卵を温めているときも、ヒナがえら呼吸から肺呼吸にさしかかる形象をちょうど再現している四日目あたりに、卵の生命力が極めて不安定になることも明らかにします。にわとりのお母さんは、四日目になると突然、それまでいそいそと卵の位置を変えながら温めていたことをやめ、じっとおとなしく卵を抱くというのです(このあたりのドラマティックな話は『胎児の世界』を参照してください)。

 それでは、なぜこころは内臓にこそ存在するのか……それはぜひ本書にあたっていただきたいと思います。 私たちが海辺に佇んで、打ち寄せる波に足もとを洗われながら潮騒を聞くとき、あるいは、空気の澄んだ高原で、真夜中に満天の星空を見上げたとき、 名状しがたい思いが胸の底に湧き上がってくるのはなぜなのでしょうか。

 私たちが脳科学のスリリングな知見に興奮するのにも匹敵するような、あるいはそれ以上に「腑に落ちる」解釈が、本書を代表とする三木思想によってもたらされるはずです。
 次号の「からだ」の特集では、この三木思想についても触れています。どうぞご期待ください。
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