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丸山健二『ひもとく花』(新潮社)


 春です。ベランダの植木鉢に植えておいたチューリップの球根が、続々と芽を出し、日ごとに葉を伸ばし始めました。雨を浴び、日を浴び、柔らかな風にあたる緑を見ていると、私自身も同じエネルギーを注がれている気持ちになります。

 エッセイ『安曇野の白い庭』で、その並々ならぬガーデナーぶりを広く知られるようになった作家の丸山健二氏の、さらに見事に育て上げられた野趣溢れる庭の花々を、丸山氏自ら撮影したのがこの写真集『ひもとく花』です。

 白を中心とした花々のなんというたおやかさ! アーヴィング・ペンの花の写真集『FLOWERS』に息を呑んだことがありますが、丸山氏の写真集の素晴らしさは、それぞれの花がスタジオの無機質な空間で撮られたのではなく、丸山氏が作り上げ丹精した、地に根を下ろしたその場所で撮影されていることです。花を用意したのは花屋さんでも、スタイリストでもありません。花を取り囲むものは、スタジオのライトやカメラマンのアシスタントでもない、安曇野の大地と光と風です。

 群れるように咲くボタンの花の白さ。その質感は、花以外では表現のできない種類の質感です。脳科学の世界でしばしば語られる、クオリア(=質感)という言葉が、これほどふさわしく響く写真はありません。見ているだけで、その香りはもちろんのこと、花びらのひんやりとした手触りや湿度が私たちの脳細胞を刺戟します。

 ヤマシャクヤクに添えられた丸山氏の言葉から──。
「見る者の魂の一部と化してしまうような、そんな花は間違いなく実在する。その花こそが自分自身であることを肝に銘じるべきであろう。」

 カレル・チャペックの『園芸家12カ月』が、作家ならではの視点とユーモアで園芸愛好家たちが密かに胸に抱いていた「あれやこれや」を言い当てたように、そして本誌の連載陣でもある玉村豊男氏が『種まく人―ヴィラデスト物語―』や『草刈る人』で農園の営みと人生を見事に重ね合わせたように、私たちが草花に魅入られる秘密をこのように解き明かす言葉は、植物学者でもなく園芸家でもない、やはり「言葉をあやつる」小説家・丸山氏ならではのものです。

 冬のあいだ、私のなかで眠っていた生命力の手触りを、写真と言葉で目覚めさせてくれた『ひもとく花』は、久しぶりに花のある公園でも散歩してみたくなるような春一番の一冊でした。
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