Kangaeruhito HTML Mail Magazine 022
 切れる!

 最新号が店頭に並んだばかりの先週、嵐めいた雨の降るなか、ひさしぶりにクラシックのコンサートに足を運びました。場所はサントリーホール。ロリン・マゼール指揮、バイエルン放送交響楽団。プログラムはブラームス交響曲第二番と、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲です。

 産業革命後に生をうけたブラームスは、加速度をつけながら前進していた時代の潮流に棹差した作曲家でした。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなど古典派の伝統を磨きあげるように地道に精進したブラームス。彼は慎重な完璧主義者であったがために、四十三歳まで交響曲を完成できなかった内省的な人間でした。私はそんなブラームスが好きです。

 そんなブラームスだからこそ、派手な動きのない、静かなタイプの指揮者による演奏が私の好みなのですが、今回のロリン・マゼールの指揮ぶりはやや血圧が高め。まず演奏されたブラームス最後のオーケストラ作品「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」も、ヴァイオリンのソリストとチェロのソリストがともに若手の気鋭でした。なぜか「一触即発」という言葉がふと頭をよぎります。

 久しぶりのコンサートのせいか、あるいはロリン・マゼールの指揮ぶりのせいか、はたまたソリストたちの若いエネルギーのせいか、客席で受身のはずの私の血圧は演奏開始早々に上昇してゆくのがわかりました。なんとなくテンションの高い演奏に置いてきぼりをくらうような気分で落ち着きません。

 そんな第一楽章が始まって早々に、ヴァイオリンのソリスト、まだ二十代後半の青年ジュリアン・ラクリンが自分のパートが終わった途端、突然途方に暮れた表情に変わりました。それまでの自信に漲るつやつやした表情は跡形もありません。ヴァイオリンを片手にさげ、コンサートマスターに歩み寄ります……ヴァイオリンの弦が切れたのです。コンサートマスターはラクリンにむかって頷きますが、明らかに困惑した表情を見せます。彼は見たところラクリンの父親といってもいい年齢でした。もちろん演奏はそんな「事故」とは無縁のようにどんどん前へと進んでいます。

 会場の聴衆の視線は一挙にコンサートマスターの手許に集中しました。彼(ごめんなさい、私は名前を存じ上げません)はまず自分のヴァイオリンをラクリンに手渡します。次のソロパートが来たらこれで弾け、ということなのでしょう。そして彼は背広の内ポケットから用意してあった弦を取り出し、膝の上にヴァイオリンを置いて、眼鏡をかけ直し、弦の張り替え作業にかかります。さすがに顔面は紅潮し、手つきにはあせりが滲んでいます。なかなかうまくいかないのか、ちょっと首をかしげるそぶりも見せます。交響楽団の旋律はまさにその緊張感をそのまま表したパートにさしかかっています。こちらからは表情の見えないロリン・マゼールの背中には「なんてこった!」と書いてあるようでした。

 ラクリンの表情もますます頼り無いものになっていくのがわかりました。彼は何かをしでかして、父親の前で小さくなってうなだれている子供でした。まもなくソロのパートが近づいている! もし弦の張り替えができなかったらどうなる? しかし、張り替え作業は急速に好転し、あとは調律するばかり。もちろん弓で弾いてみるわけにもいかず、張り替えた弦を耳もとで小さく爪弾きながら音を確かめます。そして修理を終えたヴァイオリンはふたたびラクリンの手へ。そして間髪を入れず次のラクリンのソロパートが始まりました。

 演奏はなにごともなかったように続きました。私の上昇気味の血圧が落ち着くと同時に、演奏じたいも俄然流れが良い方向へと変わったように聞こえました。終わってみれば緩急のある素晴らしい演奏。指揮者のロリン・マゼールはコンサートマスターに手を差し向けて、聴衆の拍手を誘います。一層湧き上がる大きな拍手。楽団員も聴衆もマゼールも満面の笑顔。コンサートマスターは照れながらもその拍手に応えて「やったぞ!」とばかり弓を持ったまま両手を挙げました。

 コンサートは大成功でした。カーテンコールは鳴りやまず、楽団員が聴衆に手を振り、別れを惜しみながら笑顔で退場しても拍手が続きます。最後にはマゼールひとりでふたたび現れて、満場の聴衆の拍手に応えました。気がつけば私も思わず声を上げていました。

 ここから何かの教訓を導き出すつもりはありません。ただ、初老のコンサートマスターの弦を張り替える作業と、両手を挙げて聴衆の拍手に応えたその姿に、不意打ちに直面したときの人間の「地」の部分が現れていて、それが実に好もしかったのです。まだ二十代のラクリンの途方に暮れた表情も、思わずそのまま顔に現れ出たものでしょう。二人それぞれの表情は、やはり年相応なものだったと思います。そして、この夜のコンサートの主役は、何と言っても初老のコンサートマスターだったのです。

 コンサートが終わると雨はあがっていました。来日公演の最終日、楽団員達はおそらく祝杯をあげにでかけていったでしょう。何ごともない演奏会よりも一段と盛り上がったに違いありません。そんな光景を想像しながら、私はひとりでニコニコと帰途につきました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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