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『普段着の住宅術』中村好文(王国社)


 次号の特集の案内役である、建築家・中村好文氏の著作です。

 建築家と聞けば、ル・コルビュジエやフランク・ロイド・ライトなどの名前がまず思い起こされるかもしれません。その建築の素晴らしさから、彼らの書き残した著作にも手が伸びることがあります。しかし、読み進めるうちに眉間に小さな皺が寄っていることに気づく、ということはないでしょうか。

 古今東西を問わず、建築家の文章は高尚であったり、難解であったりして、どこか敷居が高いという印象があります。建築は、芸術的な側面はもちろんのこと、人がそこで具体的に暮らし、あるいは利用する日常性とも無縁ではありません。都市の成立や、場合によっては国家の成り立ちにまで関わるような、「政治性」や「経済性」を伴う仕事です。

 そんな「ややこしい」仕事を、気軽で日常的な言葉で表せといっても無理な相談なのかもしれません。しかし「煙に巻く」という言葉もあります。クライアントや政治家や資本家をうまく丸め込むために高踏的な文章を操ることもあるのでは……と怪しむのは、あまりに意地悪な見方でしょうか?

 中村氏は、手がける建築と同じように、文章の仕事も実に明快でわかりやすい、という点において、その右に出る者はないのではないか、と思います。たとえ難解な文章の書き手であったとしても、その建築家の仕事をみごとに検証し、私たちにも理解可能な場所にまで連れてきてくれるのが中村氏です。

 本書のなかから、ル・コルビュジエについての文章を以下に引用します。

「ル・コルビュジエはたいへんな母親思いで甘えん坊の息子だったらしく(もしかしたらマザーコンプレックスがあったのではないかと、私には思えるほどなのですが)、旅先から母親にたくさんの手紙を書いています。この手紙の一部が『LE CORBUSIER/architecte artiste』というCD-ROMに収められていますが、その手紙を読むと、身内だけに見せるル・コルビュジエの意外な素顔を見ることができて、なかなか興味深いのです。たとえば、一九五〇年十二月二十六日には『お母さん、大晦日のパーティの七面鳥の代金を立て替えておいてください。後で清算しますから……』と少し甘えた調子の手紙を書いたりするのですが、その年号から計算すると、それが、なんとル・コルビュジエが六十四歳、母親が九十歳のときのことなのです」(「コルビュジエの『UNE PETITE MAISON』」より)

 どうですか? 中村氏の手にかかると、ル・コルビュジエも形無しです。もちろんそれは中村氏のル・コルビュジエへの敬愛の念があってこそ。本書を読めばその敬愛の念のありかまでおわかりいただけるはずです。

 次号の特集をご覧いただく前に、あるいはその後にでも本書もお読みになれば、「小さな家」の魅力にグッと引き込まれることは間違いなし、ということを最後に付け加えておきます。
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