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『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ』全3巻
(ちくま文庫)


 色川さんは人間ではなかったんじゃないか──そう思うことがあります。

 私が色川さんに直接お目にかかったのは三度だけでした。一度目は、私が入社早々に配属された「小説新潮」編集部で下っ端のお使いとしてお宅にうかがったときです。その頃、私が定期購読していた音楽雑誌『レコード・コレクターズ』で、色川さんの「命から二番目に大事な歌」が連載されており、毎号楽しみにしていました。「お使いの男の子」の分際でしたが、恐る恐る連載の感想めいたものを口に出したら、おや?という表情になり、それからしばらく、連載には書かれていないアメリカの歌や歌手についてのお話をしてくださいました。

 二度目は銀座のまり花というバーです。もちろん私のようなクチバシの黄色い編集者がひとりで行くような店ではなく、先輩編集者と一緒でした。気がつくと、色川さんが店の一番端のソファに座っていらして、他の人たちがいろんなバカ話をするのを聞くともなく聞いているという風情でした。ところが、突然崩れ落ちるような姿勢になり深い眠りに落ちてしまったのです。あ、これがナルコレプシーという病気なのか、とその容赦なく瞬間的に襲いかかる発作の様子に驚かされました。

 三度目は「小説新潮」で担当していたカラーページ「作家厨房に入る」の撮影でお宅にうかがったときです。色川さんが料理したのはコロッケとハヤシライス。カメラマンと編集長と先輩編集者の四人で新宿区大京町のお宅に昼過ぎにうかがうと、これから料理をするという気配がまったくないのです。なんとなく大丈夫かなと心配していると、「ちょっと買い物に」とおっしゃる色川さんは、散歩にでもでかけるような感じで手ぶらで歩き始めました。小さな「?」マークを頭の上に浮かべたまま色川さんについていくと、行き先は四谷三丁目の交差点近くのスーパー丸正でした。丸正では野菜を仕入れ、道沿いの昔ながらの肉屋さんに立ち寄ってしばしギロリと肉をにらんでから特上の霜降り肉を選びます。

 ふたたびぷらぷらと大京町のお宅に戻ります。そこから長い長い一日が始まります。色川さんは洋室に据えてあるこたつのようなテーブルの上にまな板を置いて、正座して包丁を握り、タマネギを刻み始めます。とにかくひとつひとつ、前屈みの姿勢でエイエイと刻むのです。それも大量に。次にタマネギをバターで炒めます。大量のタマネギがキツネ色になり飴色になるまで、単調な炒め作業が続きます。その間、色川さんはほとんど口をつぐんだまま。機嫌が悪いのでも、緊張しているわけでもないんだ、ただひたすらに黙ったまま炒め続けているだけなのだ、と事態を把握するまでは、これからいったい何が始まるのかと思うような気配が色川さんを包んでいます。「このへんでいいか」というようなセリフを奪われているかのように、ただひたすらにフライパンでタマネギを炒め続けます。

 すべての調理の過程が、このように悠久の時間の流れのなかで進んでいきました。休憩はありません。当時、大京町の家には書生のような青年が住み込んでいたのですが、しばらくすると私はちょっと離れたところに呼ばれて、「これ以上料理を続けていると、疲れすぎて倒れるかもしれないので品数を減らせませんか?」と心配でたまらないという表情で訴えられました。もちろんコロッケでもハヤシライスでもどちらか一品で誌面は飾れます。しかし、色川さんの姿を見ていると、その作業を中断させることは誰にもできないのは明らかでした。

 色川さんの調理作業は神聖かつ厳粛に進みます。夕刻近くまで料理は続き、そして遂にお待ちかねの試食です。色川さんが精魂込めて作ったハヤシライス、そしてコロッケ。……とろけるような美味しさでした。へたな洋食屋は裸足で逃げ出す出来映えです。皆でコロッケとハヤシライスをモリモリといただいたのですが、その時に色川さんがどんなお話をしてくださったのか、あるいは相変わらず黙っていらしたのか、そのあたりの記憶は残っていません。ただ、味の記憶は今も鮮明に残っています。帰り際、私たちを玄関まで見送ってくださった色川さんはあきらかに疲労の極にありました。挨拶をしてドアが閉められるその瞬間に、ナルコレプシーの発作が色川さんの目元にやってきたのが見えました。

 以来私は、色川さんという人を心から敬愛するようになりました。しかし、あの真摯さのなかには、何かあきらめのようなものも混ざっていたようでもあり、そのあきらめの裏側には底抜けの優しさも張り付いていたようでもあり、「色川さんはこういう人だ」とひとことではとても言えない複雑な雰囲気があったのです。手を抜いたり、人を適当にあしらったりしない人だということもわかるのですが、それは積極的な世話好きというよりも究極の受け身にも見えました。色川さんは大人(たいじん)なんだと言われれば、そうだと思い、同時に子どものようなところも感じられる方でした。

 そんな色川さんの『うらおもて人生録』は私の座右の書ですが、それ以外でももちろん、色川さんのエッセイはどこから読んでも面白いのです。気のきいたことを書いてやろう、というような怪しい欲からはまったく無縁の文章は、心身共に疲れたときには極上の効き目があります。私はこれまでに何度救われたことでしょう。

 そして今回、文庫版全3巻でテーマ別に編集されたエッセイ集を読み返していたとき、「色川さんは人間じゃなかったんじゃないか」とふと思い至ったのです。たとえば3巻に収録されている「理想の仕事があれば」という短いエッセイ。色川さんは、旅先の温泉で、ひとりの若い男が桶を抱えてタイルの上にあぐらをかいて座り、小さな声でぶつぶつと相撲の実況中継をしているのに出会います。ふつうだったら近づきたくない光景です。しかし色川さんはその青年に声をかけるのです。

 そこからどうなったかは読んでいただくとして……色川さんは普通ならば声をかけることなど考えられないようなシチュエーションでも、ふっとその青年に声をかけることができる人だったのでしょう。それは、フランク・キャプラの映画「素晴らしき哉、人生!」に登場するちょっとお気楽そうな中年男の姿をした天使が、人生に絶望し自殺しようとしていた主人公ジェイムズ・スチュワートをさらりと受け止めるかのような、そんな話しかけ方だったのではないかと思うのです。本人もどこか疲れているのだけれど、天使としてこの世の中に降りてきた以上、どんな人間であれ、相手にしてとことんつきあうしかないじゃないか、と静かに心に決めていた中年の天使。それが色川さんという人だったのではないでしょうか。

 色川さんのふわっとした風貌や、疲れたようにも見える大きな背中には、実は人間離れした何かがあり、だからこそ、色川さんは人間につきない興味を抱いていたのだ。そんなことを思うのです。大柄な疲れた天使だった色川さんは、ナルコレプシーに襲われている瞬間には「本部」に呼び戻され、何事かを相談していたのではないでしょうか。本書を読み直しながら、そんなことを空想しました。

 気が向いたら、またぜひとも、ふらりふらりと地上に降りてきてほしいものです。
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