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『ハンス・ウェグナーの椅子100』織田憲嗣
(平凡社)


 デンマークと言えば、食器のロイヤル コペンハーゲン、椅子のハンス・ウェグナー、照明のル・クリント、そしてナチュラルチーズ、品質の高い豚肉、甘い甘いデーニッシュ・ペストリーと、リビングやキッチンまわりに手腕を発揮する国、というイメージがあります。

 北欧の小さな古い王国が、どうしてこのような優れたモノを生み出したのか、私にとっては大きな謎です。古い王国としての成り立ちや文化からこの謎を解く本でもあればぜひ読みたいと思っていますが、残念ながらまだそのような本にはお目にかかったことがありません。

 国が小さいこと、立憲君主制であること、海に面した国であること、北欧であること……といったことにその秘密が隠されているに違いないと思うのですが、どうでしょうか? 農業人口がたったの4パーセント程度であるにもかかわらず、全国民が消費する農産物の約三倍を産出している農業先進国でもあり、デンマークの奥は深い、と感じます。 

 デンマークには代表的な椅子のデザイナーだけでも64人もいるそうです(織田憲嗣氏の著書『Danish Chairs デンマークの椅子』による)。ボーエ・モーエンセン、ヤコブ・ケア、フィン・ユール、ポール・ケアホルム、アルネ・ヤコブセン……とキラ星のごとく著名なデザイナーがひしめいています。なかでも、世界的な人気を誇るのがこのハンス・ウェグナーということになるでしょう。

 インテリア雑誌や建築雑誌に登場する新築なった家のダイニングやリビングには、ハンス・ウェグナーのデザインしたYチェアがこれでもかというほど登場します。それもそのはず、1950年にデザインされたYチェアは、これまでに50万脚以上販売されているのだそうです。

 本書は、椅子の研究家として日本を代表する著者が、ハンス・ウェグナーがデザインした数多くの椅子のなかから100脚を選び、豊富なカラー写真とともに紹介するものです。巻末にはウェグナーのデザインした389脚の椅子がイラスト付きの年表スタイルで一望できるようにもなっており、この本を抜きにしてはウェグナーは語れない決定版だと思います。

 機械による大量生産、大量消費時代を迎えた1960年代後半からは、デンマークの家具職人や家具デザイナーには厳しい時代が到来し、いくつかの会社は倒産しています。しかし、決して安いとはいえないウェグナーの椅子がいまだに人気を保っているのは、直接からだと接する家具に、職人の手触り、木のぬくもりが特別な感触、居心地を与えるからに違いありません。

 しかし、本書のなかでウェグナーはこんなことも語っています。「機械化できる部分はどんどん機械化したらいい」──。ウェグナーは単なる職人気質に凝り固まった人ではなく、合理主義者でもあるのです。しかし、それに続けてこうも語っています。「ただ忘れてはいけないのは、手仕事よりも高い品質と適正な価格をもたらす場合に限ってのみ、機械は有効だということです。機械化することで質を落としてはいけません」

 来年の春に90歳を迎えるウェグナーは、デンマークの家具デザイナー最後の巨匠といえる存在です。Yチェアばかりでなく、これだけの傑作を数多く送り出した人が、今もなお活動を続けていることに感動を覚えます。「日用品としての芸術」という言葉はこの人のためにある、と言えるでしょう。
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