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季刊誌「Arne」


 今回は雑誌をご紹介します。

 イラストレーターであり、日常の衣食住についてのエッセイストでもある大橋歩さんが、企画・取材・執筆・編集をこなしている個人誌が季刊誌「Arne」(アルネ)です。

 大橋さんの著作は、ある時期以降、書店で見かけると必ず買うようになりました。大橋さんの本は、外見だけで判断すると、私のような中年男が手を伸ばして買うような本には見えません。書店でも女性向けエッセイのコーナーに並んでいたりすることが多いようです。それでも新刊が出るとついつい買ってしまいます。

 なかでも傑作だと思っているのは、一九九一年に発表された『わたしの家』という本(講談社)でした。建築家に設計を依頼して建てた自宅と、その後に建てることになった熱海のセカンドハウスの、計画から竣工までの一部始終を綴ったものです。その一部始終の徹底ぶりが大変なもの。きれいごとではすまされない、家を建てることのすべてがこの本には詰まっているといっていい、と思います。

 昔は「家を一軒建てると人がひとり死ぬ」というような言い方があったと思いますが、それぐらい、家を建てることには、経済、法律、心理、社会……といった、人間が生きてゆくことに関わるすべての要素が入り込んできます。家族にとっては大変な精神力と労力と経済力を費やさざるを得ない、へとへとになって病人が出てもおかしくないほどの「巨大プロジェクト」なのです。

 したがって、大橋さんの奮闘も半端ではありません。設計を依頼した建築家とのやりとりがスタートするところから、大橋さんならではのリアルな語り口が続々登場するのですが、たとえば、設計の基本を左右する家族関係については、こんな記述が出てきます(文章中に登場する「永田さん」という方は設計を担当した建築家です)。

「私は息子を大事に考えていました。まず息子とどう住んでいくかが大事でした。そのつぎは息子の父親である夫でした。最後が母でした。
 息子と私の母の関係は、ちょっとむずかしいところにきていました。もう息子がたよれる相手ではなくなっていました。むしろ中途半端に息子のまわりをかぎまわり、心配をかかえこんで、悩んでいるばかりでした。
 そこで母を隔離することにきめました。母の部屋には、バス・トイレがついていて、小さな台所もついていて、玄関も別という考えです。
 永田さんの最初のプランは、家の中で行き来ができないものでした。これは私が望んだものでしたが、そのプランでは息子の部屋が玄関と同じフロアにあって、私たちの目がとどかないものでしたので、納得しませんでした。
 この私の、私の母をしいたげているという態度が、永田さんはかなり不快だったと思います」(大橋歩『わたしの家』より)

 どうですか? これだけ虚飾なしに家と家族を語ることのできる人はまずいないのでは、と思います。しかしそもそも家というものは「飾り物」でも「見せびらかす物」でもないのです。毎日家族がそこで顔をつきあわせて暮らす、ある意味で「のっぴきならない」場所です。「家のことを書くのなら、きれいごとではなく、真正面から考えて、なるべくありのままに書こう」という、大橋さんの覚悟を決めた書きぶりは見事としかいいようがありません。

 誰が何と言おうとゆずれない、「嫌いなものは嫌い」「好きなものは好き」の判断基準がしっかりとある大橋さんが(……上記の引用だけで判断されるとしたら、大橋さんがなんとなくコワオモテの人という印象を持たれたかもしれませんが、大橋さんの「好きなものは好き」の基準は、どことなく可愛らしいところがあります。この可愛らしさも大橋さんの魅力です)、個人雑誌をつくったらどういうものになるのか、という見本がこの季刊誌「Arne」だと言えるでしょう。

 内容を詳しく説明する余裕がなくなってしまいました。もしお近くの本屋さんで見つけにくいようでしたら、下記のホームページにアクセスしてみてください。
http://www.iog.co.jp/

 編集者として、近年脱帽せざるを得ないと思った雑誌は、やはりこの「Arne」です。
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