Kangaeruhito HTML Mail Magazine 058
 映像の世紀

 雑誌も校了になり、早めに帰宅できるようになったので、月曜日からは毎晩、午後11時からの「NHKスペシャル『映像の世紀』」(NHK総合)を見ています。これは平成7年から放映されたものの再放送ですが、見始めると、結局最後まで見てしまう強力な吸引力を持つ内容です。

 たとえば、イギリス・ヴィクトリア女王の実写フィルムが登場します。そして1901年の女王の葬儀の模様が鮮明に収められた映像も映されます。つまりこの映像の時代のイギリスのどこかに、留学中の夏目漱石がいて、彼は孤独で抑圧的な日々を送りながら、産業革命による繁栄が抱えた本質的な危うさを見抜き、日本にもやがてやってくる問題として考えていたはずなのです。その時代が動く画像として残されていることの驚き。

 20年以上前までは、古い記録フィルムが上映されると、少し早送りのようなスピードになってしまい、登場する人々はチョコチョコと不自然なほど足早に歩いていたものでした。そのために現実感が損なわれ、遠い過去のイメージが強くなっていました。しかし技術改良の結果、古いフィルムのなかを歩く当時の人々は、自然な歩調で再現されるようになっています。100年以上前のヴィクトリア女王の葬儀の光景であっても、現在に地続きの生々しい映像として映るようになったのです。

 第一次世界大戦の引き金となったオーストリア皇太子夫妻の、暗殺される直前の映像も残されています。ヨーロッパを初めて訪れた裕仁皇太子(当時)の若々しくぎこちない会釈の姿もそのまま記録されています。また、第一次ロシア革命の発端となった「血の日曜日事件」を克明に記録した映像……かと思えば、実はこれは実写フィルムではなく、後に大がかりに撮影された事件の再現フィルムで、革命のプロパガンダに使われたもの、といういわくつきの映像でした。その説明がなければ、私は単純に「血の日曜日事件」のリアルで衝撃的な映像を実際のものとして信じたでしょう。

 29日に発売される「考える人」最新号の特集「大人のための読書案内」で「大人のための本とは何だろう?」という座談会を組みました。そのなかで養老孟司氏が選んだ本の一冊にシュテファン・ツヴァイクの『昨日の世界 I・II』(みすず書房)があります。帯の文句を借りれば「世紀末ウィーンから二つの大戦へ。ホーフマンスタール、リルケ、ロラン、フロイトらとの交流を織りまぜつつ、ヨーロッパの偉大と悲惨を描いた感動の自伝」。まさに「映像の世紀」の時代を自伝的に描いたものです。そのなかに印象的なくだりが出てきます。ツヴァイクは場末の映画館でニュース映画を見ています。第一次世界大戦が始まれば同盟国となるはずのドイツのウィルヘルム皇帝が、ウィーンを訪れたことを記録した映像です。ツヴァイクはこう記しています。

 ウィルヘルム皇帝が画面に現われたこの瞬間に、全くおのずからにまっ暗な室内には烈しい口笛と足踏みとが始まった。すべての人々が叫び声を発し口笛を鳴らし、女も男も子供も、自分が侮辱されたように罵るのであった。新聞に書いてある以上のことを政治や世界について知ってはいない、トゥールの善良な人々は、一瞬のあいだ狂気のようになった。私は驚いた。私は心の奥底まで驚いた。なぜならば、この小さな地方都市においてさえ無邪気な市民や兵隊がすでに、スクリーンの画面をちょっと見ただけで怒りの爆発に誘われるほどに、皇帝やドイツに反対するよう煽動されているのであるから、何年も何年も前からされていた憎悪の宣伝による毒化は、どんなにか深刻に進んでいるにちがいないということを感じたからであった。それはほんの一秒ほどのことであり、せいぜい二、三秒ほどのことであった。また別な画面が映ったとき、すべては忘れられていた。人々は今くり拡げられる滑稽なフィルムに腹いっぱい笑いこけ、満足の余り音をたてて膝を叩くのであった。ほんの一秒間のことではあったが、この一秒、ただの一秒は、あらゆる協調の試み、われわれ自身の努力にもかかわらず、深刻な危機の瞬間にはそこかしこの民衆を刺激することがどんなに容易でありうるか、ということを私に教えたのであった。(『昨日の世界 I』312~313頁より引用)

「映像の世紀」に登場する、第一次世界大戦の発端となったオーストリア皇太子夫妻暗殺の直前の映像は、「歴史の瞬間」としか言い表しようのないものでした。ここでもツヴァイクは暗殺事件に関して興味深い文を残しています。皇太子夫妻暗殺の急報が街に貼り出されたときの人々の様子からツヴァイクは描き出します。

 この貼り紙のまわりに、いよいよ多くの人々が群がって来た。口から口へとこの予期しなかった知らせが伝えられた。しかし、敢えて真実を重んずるならば、特別な驚愕とか憤激は人々の顔からは読み取れなかった。帝位継承者はけっして人々に愛されていなかったからである。(中略)フランツ・フェルディナントには、オーストリアにおいては真の大衆の人気にとって測り知れぬほど重要であるところのものが、まさに欠けていた。すなわち、個人的な愛嬌、人間的な魅力、外見上の親しみやすさである。私はしばしば彼を劇場で観察したことがある。彼は自分の桟敷に、いかめしく横柄に座を占め、冷たい、動かぬ眼をして、ただの一回でも親しげな眼差しを一般観衆の上に向けず、また心からの拍手で芸術家たちを鼓舞することもなかった。(中略)彼の妃も同じように不愛想な目つきをしていた。この二人の人物のまわりには氷のような空気が漂っていた。(『昨日の世界 I』319~320頁より引用)

「映像の世紀」を見ているだけでは決して見えてはこない皇太子夫妻をめぐる大衆の心理が、ツヴァイクの言葉に読みとれます。歴史とは何か、という問題が、記録として残されている映像とツヴァイクの言葉との相克のなかに鮮やかに問われているのではないでしょうか。

 歴史はいっときも止まることなく、今日も動き続けています。映像はより鮮明に、克明に、大量に、記録されています。しかし今の私たちは、私たちにとってのツヴァイクを擁していると言えるでしょうか? 百年後の人間が映像だけで判断するのではなく、映像を批判的に検証し、再検討できる確かな言葉をはたして私たちは持っているでしょうか? まず映像を見ることから世界の動きを知り、考えるようになった私たちの思考形式は、すべてを同時進行で見ていると錯覚する「全知全能」的な危うさのなかに陥ってはいないでしょうか。

 毎晩テレビの前で「映像の世紀」に引きつけられながら、そんなことを考えています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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