河合さんの著作を読むと、なぜかいつも、あたらしい河合さんに出会える思いがします。
 1967年刊行の『ユング心理学入門』を皮切りに、河合さんは生涯をつうじて200冊を超える本を送り出しました。ユング心理学、心理療法はもちろん、子どもや家族、男と女、童話や古典、生と死、宗教と科学といった多岐のテーマにわたり、本のかたちも専門書からやわらかなエッセイ、お話の名手だったため対談・座談も多数。──そのさまは、まるで深い森。あたかも長い時間をかけてゆっくりと豊かに生い茂った知恵の森のように、それらの書物はわたしたちの目の前に広がっており、そしてこの森には、どこからでも入ることが可能です。
 とはいえ、これだけ広大な森となると、おおまかな道案内もほしくなるもの。特集では、河合さんの全著作を俯瞰しつつ、5つの領域に分け、代表的な7作品を詳しく紹介しています。

1 わからなさを抱きしめて

河合さんの終生かわらぬ中心的なテーマが「人間のこころ」でした。科学が発展し、世の中がどんなに便利になっても人のこころのことはわからない。河合さんは徹頭徹尾、このわからなさを大切にした人でした。

『こころの処方箋』

をはじめとする、軽妙で味わい深いエッセイ群にはそれがよく表れています。

2 自伝と書物

両親から「あまり本を読んではいけない」と言われ隠れて読んだ子ども時代から、河合さんは読書を愛し、書物から得た感銘と発見を深く記憶に刻んでいきました。

『深層意識への道』

には、感じやすい魂をゆり動かし、育んだ書物の数々が記されています。

3 心理学とユング

1962年スイスのユング研究所に学び、日本人で初めてユング派分析家の資格を得、その知見や手法を日本に導入した記念碑的書物

『ユング心理学入門』

。入魂の第一作にして、最良の入門書です。その後の臨床経験をふまえて、ユングが人々の無意識のなかに探り出した「影」という概念を考察した、

『影の現象学』

もあわせて紹介します。

4 聴くことと語ること

臨床経験をかさねた河合さんは、聴くことの大切さを誰よりも身にしみて知っていたことでしょう。わからないこと、未知のものを相手に、とことん耳を傾け、言葉を投げかけました。そのうえ話をすれば無類に面白いのだから。谷川俊太郎を聴き手にユング心理学を語った

『魂にメスはいらない』

は、その対話術を味わえる必読の書です。

5 日本人のこころと物語

アメリカやスイスでの留学体験、心理分析を通じて、欧米と日本の人々のメンタリティの違いは、河合さんにとって大きな課題となりました。その後、日本人に関する考察はしだいに人間の内面とつながる神話や昔話へと深まっていきます。

『神話と日本人の心』

は、その総決算的というべき作品。

 鎌倉初期の僧侶・明恵。その夢の記録をユングの夢分析の手法をつかって解読したのが

『明恵 夢を生きる』

です。その生涯と時代背景を折々の夢とともに検討し、明恵のすぐれた評伝ともなっています。心理療法家の目で日本の古典を見事に読み解いた、河合さんの後期の著作群のなかで金字塔ともいえる名著です。

 深い深い、著作の森。おそらくどの入り口から散策をはじめても、滋味あふれる果実を見つけたり、一本の道が別の道と思いがけずつながっていることに気づかれることでしょう。ブックガイドをご参考に、河合さんの世界の「未知の扉」を開いてみてください。