Kangaeruhito HTML Mail Magazine 060
 書店回り

 最新号は年末の二十九日が発売日でした。当日は営業部の担当者と二人、アポイントメントなしで都内の書店を回ってきました。特集「大人のための読書案内」を告知する最新号のポスターと「陳びら」(チンビラ……音が強烈ですが、これは平積みされた雑誌に挟んで垂らす告知用のびらのことです。陳列された雑誌に挟むので陳びらと呼ばれます)を持って、池袋、銀座、新橋、汐留、浜松町、恵比寿、渋谷、新宿と、都内を時計回りに十三軒巡りました。

 書店はつねに忙しく慌ただしい場所です。店長であろうが店員一年生であろうが店内を忙しく動き回り、お客様への対応に追われます。年末の忙しさも加わりますから、火事場のような所へ「編集長がご挨拶に」と事前に連絡をするのはちょっと迷惑な話です。書店によっては「おい、どうする? お茶でも出さなきゃまずいかな」という展開も予測されないでもありません。私が店員だったら、事前に雑誌の平積みの状態をチェックして、いつもよりもいい場所に移す、なんてこともするかもしれず……というわけで、突然アポなしでお邪魔することにしたのです。

 営業担当者とは、一軒目の池袋の大型書店の前で、開店時間の十時に待ち合わせました。少し早めに着いて驚いたのは、十人以上も開店を待っている人がいることでした。たまたま通りかかって寄ってみた、というのではなく、明らかに買うべき本や雑誌がありそうな気配の人々なのです。夜型が多い編集者にはなかなか巡り会う機会のない光景です。何を目指して来店したのか、ひとりひとり聞いてみたくなりました。

 十三軒の書店を巡り歩いてあらためて思ったのは、書店によって雑誌の置かれる場所がかなり違っているということでした。もう少しはっきり言えば店によって明らかに「待遇が違う」のです。待遇の違いはどこから来るかといえば、結局はその書店の雑誌担当の方の判断なのだと思いますが、店によって客層が異なる場合もありますし、規模や立地条件でディスプレイの方針も多様です。毎日発売される膨大な量の雑誌は、ひとつひとつ丁寧にさばききれない場合もあるでしょうし、発売日を過ぎれば徐々に奥へと移動もするでしょう。その結果としての並べ方を見て、こちらは一喜一憂するわけです。

 銀座のある書店では、「考える人」が私も驚くほどの一等地に置かれていました。書店に入って最初に目につく、平台の角にどーんと平積みになっていたのです。お客さんの邪魔になってはと思い、二、三メートル離れた場所から眺めていたら、まもなく三十代と思われる女性が現れて「考える人」を手に取り、ぱらぱらとめくり始めるではないですか! 

 営業担当者と目配せをして、我々も他の本を見るフリをしながら目の端では必死に「ぱらぱらと『考える人』を眺める女性」を観察していました。しかし、うーん……惜しい! 女性は「考える人」を平積みのてっぺんに戻します。それから隣の雑誌を眺めたり、二、三歩離れて他の本を手に取ったりし(女性はすでに二冊の本を片手に抱えていました)、いよいよレジに向かうか、と思ったら、なんとまた「考える人」のところに舞い戻ってふたたび手にとり、今度は目次のあるページをじっくり眺めはじめたのです。いいぞいいぞ。隣の営業担当者のおでこにはプチプチと小さな汗の玉が浮かんでいます。

 しかし。息詰まるような数十秒が経過すると、残念ながら彼女はまたもや「考える人」を平積みに戻し、颯爽とレジに向かって歩み去ってしまいました……。

営業担当者「手に汗にぎる展開でしたね」
「自分が編集した本が目の前で売れるところを見れば、その本は十万部売れるっていうけど」
営業担当者「へへへ……悔しいですね」
「何が彼女をして買わせなかったのかな?」
営業担当者「かなり内容をチェックしてましたね」
「うーん。目次をずいぶん長いこと見てた。本を二冊も抱えていたし、かなりの本読みの人じゃないかな? 目次にこの人が載ってたら買おうという特定の筆者がいて、その名前が目次に見つからなかったから止めたんだよきっと」
営業担当者「ふふふ、想像力全開ですねえ」
「我々中年男の怪しい視線に無意識のうちに気圧されたのかもしれない。本当は買うつもりだったのに、ふっと買う気が失せたのかも……」
営業担当者「そうかなあ」(額の汗をふく)
「しかし、ふだんは『考える人』を買ってくれている人だったら大問題だよね、もし『この号はやめておこう』だったらまずいなあ。もし、初めて『考える人』を手に取った人だとすれば、あの場所に置かれたからこそ見てくれたのかもしれない。どっちだろう?」
営業担当者「うーん……いずれにしても、売り場での扱いはやっぱり大きいですよ」

 その書店の雑誌担当の方には、しみじみと挨拶をしてきました。
「とてもいい場所に置いてくださって、ありがとうございます」(おじぎ)
店員の方「いや、今回の読書特集はウチのお客さんに必ず売れると思ったもんですからね」
「ありがとうございます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします」(さらに深くおじぎ)

 他の書店ではこのようなスリリングな場面には遭遇できませんでしたが、どうして買ってくれなかったのかな、どうしてだろ、と時々銀座でのワンシーンを思い出したりしながら、最後の新宿では大変な雑踏のなかで、慌ただしく「どうぞよいお年を!」と挨拶を交わし合い、営業担当氏と別れました。

 会社は新年は五日からスタートです。午前中は印刷所の方などが挨拶回りに来たり、廊下で社員同士が頭を下げ合ったり、なんとなく落ち着かない中、営業担当の彼が私の机に向かってきます。手には一枚の紙きれが。顔には謎の笑みをたたえています。

営業担当者「これ見てください」
「ん? バックナンバーの注文?」
 手渡されたものは、彼が作ってくれた「考える人」バックナンバーの書店用ファクス注文用紙でした。
営業担当者「そうです。下の方を見てくださいよ」

 年末に一番初めに行った池袋の書店からのファクスでした。欄外に担当の方の走り書きがあります。やや弾んだ書体でこう書かれていました──「最新号、出足好調です!」。

 顔を上げて思わず営業担当者と握手をしてしまいました。
営業担当者「良かったですね」
「ありがたいね」
営業担当者「年末のあの日、家に帰ったら異様に疲れてませんでした?」
「ぼくも気がついたらテーブルに突っ伏して居眠りしてた……」
営業担当者「次も書店回りします?」
「やるやる!」

 ──というわけで、「考える人」にとって、まずは幸先の良いスタートを切ることができたようです。書店の皆様、読者の皆様、どうもありがとうございます。

 このメールマガジンを読んでくださっている方にも、この一年が明るい年になりますように、心よりお祈り申し上げます。今年も「考える人」をよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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