Kangaeruhito HTML Mail Magazine 070
 トントンギコギコ

 新潮社の採用の面接試験は一次、二次、役員面接と三回あります。私は十何年かの間、一次面接官と二次面接官を担当してきました。昨年から就職試験の面接官をやらないでよいことになり、大きな肩の荷が下りたような気がしています。

 初めて面接官になった年は、本当に緊張しました。一次面接官はふたり一組なのですが、相棒のベテラン編集者に「おまえが緊張してどうすんだよ!」と呆れられるほど硬くなっていました。何を質問しようか、どんな表情で学生に対すればいいか、と迷いながら必死で冷静な面接官を装おうとしたのですが、そう思えば思うほど、頭のなかはぐるぐると回り、手のひらは汗ばみました。

 しかし、十年以上も続けていれば慣れるというか、年をとってずうずうしくなってきたというべきか、落ち着いていられるようになってきます。学生と会って話すのが楽しくなってきたりもしました。こちらに余裕がでてくると、もの凄く緊張している学生がいたり、まったく平静でいる学生がいたり、平静を装っているけれど実はかたい学生もいたり、実に様々な表情がはっきりと見えてくるようになります。

 緊張体質の辛さをこちらは痛いほどわかっているので、がちがちの学生が入ってくると、どうやってこの学生の緊張を解こうかと、脱力できそうな気楽な質問をいくつかしてから、本題に入ったりします。たった十五分の面接だけで判断するのはまことに乱暴な方法ですが、しかし緊張していようが、リラックスしていようが、「一緒に働きたい」と感じさせてくれるかどうか、あるいは「ぼくとは違うタイプだけど、何か面白い仕事をやりそうだ」というのは直感的にわかるものです。

 そして面接官をやっていた最後の二年ぐらいは、私より二十歳以上も若い学生たちと会っていると、こんな感情が湧いてくるようになりました。「きみたちも小学生だった時があって、大切に育てられて、ここまで大きくなったんだなァ」と。リクルート・ウエアに身をつつんだ彼や彼女たちの表情はみるみる幼くなっていき、黄色い帽子を被っていたときの小学一年生の顔に戻っていきます。

 昨日の午後、次号の校了作業から抜け出して、試写会を見てきました。会場は、京橋にある古い銀行のビルを改装した「映画美学校」の小さな試写室です。映画は「トントンギコギコ図工の時間」というドキュメンタリー。舞台は東京都品川区立第三日野小学校の図工室です。

 2002年度から新学習指導要領と完全週五日制が導入されたことによって、公立の小学校からは図工の時間が大幅に削られ始めているそうです。しかしこの小学校の図工の授業にはそんな状況を軽々とはね返すような、独特の時間が流れています。あしかけ二年間をかけて撮影したという「トントンギコギコ図工の時間」はしかし、図工の時間の削減の危機を訴える映画でもなければ、図工の時間にどんな教育的効果や意味があるのかを筋道立てて明らかにする映画でもありません。

 九十九分の上映時間は、格別なドラマも息を呑むようなシーンもありません。図工室の子どもたちが、笑顔で、ちょっと泣きそうな顔で、必死に、得意げに、どうしてうまくいかないんだろう? などなどの様々な表情を見せながら、自分の作品を完成させていく光景をただただ撮っているだけなのです。

 ときおり、子どもたちへのインタビューが挿入されます。図工室の作業テーブルの前に腰をかけて、カメラの横にいるのであろう監督の質問に、子どもたちは自分の言葉で答えます。それは自作の解説であったり、自分のことであったりします。受け答えする子どもたちの表情は、どんな天才的子役であっても模倣のできない、その子どもにだけ属するものばかりです。普通ならカメラを強く意識し、あるいは未知の大人からの質問に過剰に反応すると思うのですが、二年をかけて撮影したことで、子どもたちはほぼ等身大の表情で語っているのです。

 この映画のもうひとつの素晴らしさは、図工の先生が彼の図工の授業についていっさい何も語らないことです。図工が専任のウチノ先生は、それほど弁が立つ人ではないようです。子どもたちへの声のかけ方も短い言葉が続きます。解釈や、指導方針や、舞台裏などいっさい語られることはありません。出てくるのは子どもたちの図工の作業と、その作品ばかり。試写室でもらったチラシに監督はこう書いています。

 撮影の申し入れをした教育委員会の担当者は「こんな普通の学校の子どもたちに普通の教師が教える普通の授業を映画にして観てくれる人がいるんでしょうか」と心配してくれました。こういう映画をつくりたいんだけど一緒にやりませんか、と相談したテレビプロデューサーには「この企画をテレビドキュメンタリーでやる枠はない」と断られました。それでもわたしの気持ちは揺らぎませんでした。何故なら今これを撮影しなくてはならない、という切迫した思いがあったからです。

 テレビに企画が通らずに本当に良かったと思います。企画が通れば、「ここにこういうヤマを入れる」とか「子どもたちの家にも行って、家族の団らんを撮る」とか「道具を使って怪我をするシーンはカットしない」とか「先生が悩んでいるシーンがほしい」とか「子どもたちの聞き取りにくいセリフは字幕スーパーで入れよう」とか「このシーンはいらないんじゃないの?」などなど、実に様々な要求が出てくるでしょう。そして、編集や修正が加えられてゆくと、どこかで見たようなものが再生産されていくばかりなのです。

 正直に告白すると、私は上映中に二度ほどうつらうつらしてしまいました。映画が退屈というのとはちょっと違うのです。子どもたちのつれづれの様子が、いい音楽を聴いているような、なんともいえない甘い眠気を誘うのです。ところが、一瞬でも居眠りすると場面が烈しく展開し変化してしまうハリウッド映画とは違い、ハッと我に返れば拍子抜けするほどあっけなく、この「図工の時間」の世界に舞い戻ることができます。そしてふたたび彼らの作業の進展や、作業する手もとや、その表情に目が引きつけられていくのです。

 そして、もうひとつ告白しておきます。最後に6年生の「卒業制作」が完成し、その完成した作品の何点かが、間近に寄ったカメラによってゆっくりと丹念に写される場面があります。その写されている作品を見ていたら、訳もわからず涙が出てきたのです。いや訳もわからない、のではありません。小学校6年生のそれぞれの個人のなかにある、十年以上をかけて育ってきた何ものか、それはもう引き返すこともない、そして、これから壊れたり、傷つけられたり、歪められたりする可能性を絶対的には排除できない、それぞれの子どもたちのたましいのようなものが、奇蹟的に写っていたからなのです。それは本当に細い細いピアノ線のようなものの上で片足でバランスをとって揺れているような何かであり、見ているうちに祈るような気持ちにさせられる何ものかだったのです。

 少子化とか学力低下とかの単語だけが勇ましく流通するなかで、そんな単語ではすくい上げることのできないものを「トントンギコギコ図工の時間」は記録しています。それは、商品としてわかりやすいかたちに急いでまとめることをせず、とにかく理屈抜きで二年間、図工室の子どもたちとつき合うことを選択した野中真理子監督が、子どもたちから無意識のうちに与えられたギフトなのかもしれません。そしてその姿は、子どもを育てるということと相似形をなし重なり合うような経験なのです。

※「トントンギコギコ図工の時間」は、東京の「ポレポレ東中野」でGWに上映される予定です。問い合わせ先:03-3371-0088

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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