Kangaeruhito HTML Mail Magazine 073
 

須賀敦子・文 酒井駒子・画『こうちゃん』
(河出書房新社)


 1990年に初めての著作『ミラノ 霧の風景』を発表して以来、『コルシア書店の仲間たち』『ヴェネツィアの宿』『トリエステの坂道』など、限りなく小説の匂いのする私的エッセイを堰を切ったように書き続けた須賀敦子さんは、さらに大きな仕事へと取りかかろうとしていた矢先に病を得て、1998年3月20日に亡くなりました。69歳でした。

 須賀さんはイタリア滞在中の30歳のとき、夫となるジュゼッペ・リッカ(通称ペッピーノ)と出会います。それは1960年1月のことでした。ペッピーノと結婚したのは翌年の11月。物静かな笑顔のやさしいペッピーノは、兄や妹を病で亡くし、自分の健康に密かに不安を覚えながらも須賀さんとの生活に喜びをみいだしていました。

「四年まえの秋にペッピーノと結婚したときから、日々を共有するよろこびが大きければ大きいほど、なにかそれが現実ではないように思え、自分は早晩彼を失うことになるのではないかという一見理由のない不安がずっと私のなかにわだかまりつづけていて、それが思ってもいないときにひょいとあたまをもたげることがあった」(『ヴェネツィアの宿』より)

 ペッピーノと出会い、ミラノの「コルシア書店」の仲間たちとのやりとりが始まるなかで、須賀さんはペッピーノと急速に近しい間柄になり、手紙の頻繁なやりとりが始まります。そして日本の家族の反対を押し切るかたちでふたりは結婚します(このあたりの成り行きについては、『須賀敦子全集』第8巻に収録されている松山巌氏作成の詳細な年譜によりました。この年譜は、周到かつ入念な取材と断片的な記録の検証から積み上げられた瞠目すべき仕事です。須賀さんの読者で未読の方がいらしたら、ぜひお読みになることをおすすめします)。

 須賀さんの結婚生活は、ふたりが結ばれて六年後にペッピーノが亡くなることで突然終わりを告げます。その喪失感の大きさがいかほどであったかは、須賀さんがそのあたりの事情について、それほど詳しくは書き残していないことからも想像できるように思います。しかし、誰も踏み入ることのできないその気持ちを、須賀さんは『こうちゃん』という作品のなかに溶け込ませ、永久に定着させようと表現したのに違いない。……読了後の私は、そのような思いでいっぱいになりました。

 ──登場人物の男の子「こうちゃん」は、どうやら「この世」にはいないらしい。でも語り手の「私」は、こうちゃんをよく知っている。こうちゃんがいったいどこから来て、どこへ去っていくのかを知っている。そしてこうちゃんの気配をしっかりと感知するのは、どうやら「私」しかいないらしい。以下は『こうちゃん』からの引用──。

「こうちゃん、けれど たとえ わたしが ひとことも言うことばをしらないでも、あなたには わかっているはずです。どれほど わたしが 朝ごとに あなたを待っているかを──。」

「気がつくと、あのとおいところをみつめるような眼で こうちゃんは じっと私をみあげているのです。あわててなにか言おうとする私をさえぎって、こうちゃんは ぽつりとこう言いました。
 ね、どこから来たの?」

「こうちゃん、あなたが 行ってしまったあと ほのぐらいえにしだのしげみで わたしは いつまでも いつまでも 泣いていました」

 イタリアに住んでいた頃の須賀さんが紡ぎ出す物語に、文章につかず離れず描かれた酒井駒子氏の、はかなくも芯の強さのある素晴らしい絵が添えられています。須賀さんの没後六年を経たいま、『こうちゃん』は一冊の新しい絵本として、目の前にふわりとあらわれました。

 絵本スタイルの本書に先行して、『須賀敦子全集』第7巻に初めて収録された「こうちゃん」は、全集の巻末の文章で松山巌氏が指摘しているとおり、キリスト教的な背景と信仰のありかが、柔らかく洗練された物語として描かれていることは間違いありません。──それでも私にはどうしても、こうちゃんの存在が亡くなったペッピーノの魂をあらわす「小さきもの」に思えてしかたがないのです。

 年譜を読み直してみると、『こうちゃん』はふたりの別れの後ではなく、出会いの時期に書かれていることがわかりました。ペッピーノと出会ったばかりの須賀さんは、初めての創作といえる「こうちゃん」を書き終えると、その原稿をペッピーノに渡し、それからしばらくしてふたりは結ばれます。年譜の行間を読んでいくと、「こうちゃん」という作品がふたりの接近に少なからぬ働きをしたことが想像されます。「こうちゃん」は、ペッピーノが亡くなってから、その思いのなかで書かれた物語、というのは私の勝手な思いこみに過ぎませんでした。

 しかし、と私は思うのです。須賀さんとペッピーノのふたりが出会った最初から、これからペッピーノに訪れるであろう何ものかについて、言葉になる以前の肌触りのようなものとして、須賀さんはひっそりと勘づいていたのではないか……そう思えてならないのです。

 あるいはかけがえのない人と出会い誰にも告げることなく思いを寄せることは、亡きものを思うことにもぴたりと重なるようなせつなさを抱えているということなのでしょうか。
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