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鶴見俊輔『ひとが生まれる―五人の日本人の肖像―』
(筑摩書房)


「人間はいつ自分になるのか。

 人間は、生まれた時に、いきをする。手足を動かす。その時に木の枝などにぶら下がらせれば、けっこうぶら下がれるそうだ。手をひいて歩かせれば歩けるそうだ。
 そういうことは、生まれてからすぐにまた忘れてしまうけれども、それにしても、私たちが自然に知っていること、なんとなく覚えてしまっていることは、じつにたくさんあるものだ。
 そんなふうにして、なんとなく私たちはことばを覚え、人間としてのいろいろのしぐさを覚えてしまう。それでけっこう暮らせる。
 ところがそのうちに、なにか変なことが起こる。いままで自然に覚えたことでは、どうにもそこをこえられない。
 今まで自分にそなわった力では、それとかくとうしても、組みふせることができない。そういう恐ろしさの中から、あたらしい自分が生まれる。」

 長くなりましたが、本書の冒頭を引用しました。「ちくま少年図書館」の一冊として書き下ろされた『ひとが生まれる』は、個人が自分の意識を持って、社会、国家、民族に出会う最初の瞬間と、その出会いをみごとにくぐり抜けた五人の日本人の人生を描いたものです。そして、これから大人になろうとする少年や少女に向けて、社会のなかで生きるとはどういうことかを問いかける本でもあります。

「自分が、どういう時代のどういう世の中に生きているのかというふうに、自分を社会の中の一人としてとらえることが、いつある人にとって起きるかには、いろいろの場合がある。だが、人間が、隣の人と違うからだとこころをもって個人として生きているからには、社会の中の一人として自分をとらえる時が、いつかは、やってくる」

 五人の日本人は、中浜万次郎、田中正造、横田英子、金子ふみ子、林尹夫です。最初に登場する中浜万次郎はジョン万次郎と言い直したほうがわかりやすいでしょう。一八四一年、土佐の漁師たち五人が嵐に運ばれて漂流してしまい、たどり着いた無人島でぎりぎりの耐乏生活を送りながら、ついにはアメリカの船「ジョン・ハウランド号」に助け出され、まったく想像もしていなかった異国の地での生活を始める、という歴史上の物語が取り上げられます。そのとき万次郎は十四歳。

「ハウランド号の船員の側にも、土佐の漁師の側にも、相手を同じ人間と見る心があったのがしあわせだった。それは、人間にとってあたりまえのことではない。人類が地上にあらわれて以来、人類はほかの動物とちがって、ちがう土地にそだった人間を、自分たちと同じ人間と考えないで、殺したり、追いはらったりする習慣をつくりだしてきた。このことは、今でも人類にとってもっとも深刻な思想上の問題だと言ってよい」

 万次郎はハワイで過ごした後、船長に連れられてマサチューセッツで暮らし始め、英語による教育を受けます。そして万次郎は日本語を忘れかけた頃になって望郷の気持ちを抑えがたくなり、ふたたび船に乗り、日本に帰ります。

 鶴見俊輔の描き出すジョン万次郎は、国や文化が違っても、人は人間として対等な存在であると考え、尊大にも卑屈にもなることなく胸をはって生きる姿勢を貫きます。世話になった人々に宛てた英語の手紙は背筋の伸びた立派なものであり、そこには被害者意識も、焦燥感も、後ろめたさもありません。万次郎は日本に帰国した後も、アメリカに対する敬意を保ちつつ、ひとりの日本人として、まっとうに生きる道をもとめ続けるのです。万次郎がアメリカを去る間際、恩人の船長に宛てた手紙にこんな一説があります。

「この変わりゆく世界からなにか善いことが起こるであろうこと、そして私たちがまた会うことができるであろうことを、私は信じます」

 万次郎が琉球に上陸したのは日本を離れてから十年が過ぎた一八五一年。ペリーが黒船に乗って浦賀にやって来る二年前のことです。

 鶴見俊輔という一九二二年生まれの哲学者・思想家は、若き日にハーヴァード大学に留学した後、第二次世界大戦のさなかの一九四二年に帰国しています。その帰国する船のなかで、小さなリンチ事件などを経験し、特高警察の待つ日本へと戻ってくる、という厳しい経験を持っています。おそらくアメリカで学んだことと、帰国した日本のあいだで、自己というもの、社会というものを深く見つめざるを得ない場所に立ったことでしょう。その場所から哲学者・思想家として出発したはずです。

 本書は、子どもたちに向けて書かれたものでありながら、若かった頃の自分をふり返り、自分のあしもとを再確認するような重要な仕事として取り組まれています。かつての自己をジョン万次郎に投影しつつ、万次郎の業績に新しい光も当てながら、日本人が苦手とする国際社会とのつき合い方に大きな示唆を与えるものになっています。

 一九七二年に発表された本書は現在、新刊書店では手に入りません。東西冷戦が終結した後の、どこか先祖返りしたような民族主義的世界観、あるいは〇か×かの一元的世界観が世界を覆い始めたときにこそ、私たちの次の世代の若い人々は、内向きにならず、世界へ顔を向け、他国の人々にも積極的に出会い、その上で自分たちのあしもとである日本をしっかりと見つめて欲しいと思います。本書は、世界や社会に向き合うことの重要性を認識させる、今こそ読まれるべき本ではないでしょうか。
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