Kangaeruhito HTML Mail Magazine 083
 

『グレン・グールド 
 ア・ライフ・イン・ピクチャーズ』
(ソニー・マガジンズ)


 活字中毒の人間であっても、文字を見たくないほど疲れてしまう日があります。そういう時には音楽を聴くに限ります。ただし疲れたときには音楽なら何でもいいというわけでもありません。たとえば……グレン・グールドのピアノは、疲れ切った精神状態で聴く音楽としては、あまりおすすめできる演奏ではないでしょう。

 それじゃあどんなものを聴けばいいのかと言えば、ジャン=マルク・ルイサダの弾くビゼー、「ラインの歌」あたりはいかがでしょうか。ルイサダのピアノの音は、何もしたくない何も聞きたくないという気分のときにでも、するすると入ってくるやさしさがあります。

 それはさておき、です。本書は二年前、グレン・グールドの生誕70周年、没後20周年を記念して刊行された写真集です。この写真集なら、どんなに疲れていても、頁をめくるのが嫌になることはありません。とくに、グールドの幼年時代、少年時代の写真が実に愛らしく、可愛いのです。

 顔というものは不思議です。芝生の上にすわる8ヶ月のグールドも、湖で遊ぶ小学生のグールドも、どれもこれも大人になってからの、ちょっと一筋縄ではいかない手強いグールドの顔がちゃんと二重写しになっているのです。本人同士なのですからあたりまえといえばあたりまえなのですが、しかしそのあたりまえが何だか不思議です。少なくともその時点では、グールドが世界に名を残すピアニストになるとは、本人も周囲も考えてはいなかったのですから。

 ピアニストとして売れっ子になった後、避難所のようにして住んでいた湖のほとりのコテージが、子ども時代のグールドをどれだけリラックスさせていたかもよくわかります(DVDにもなっている記録映画『グレン・グールド27歳の記憶』にもこのコテージは登場します)。この写真集で初めて見る貴重な未公開写真もうれしい。そして、後半にはグールドのこんな文言も登場します。バッハの偉大さについて──。

「それは、時代に従属しないことで、時代を豊かにできる人間の姿を示している……
 時代に合わせることを迫られても、それに縛られることなく、
 独自のやりかたで時を組みたてることは可能なのだと教えてくれる」
(『グレン・グールド ア・ライフ・イン・ピクチャーズ 』より)

 文章を読みたくないと思って開いた写真集なのに、ついつい文字を読んでしまいました。……今日はなるべく早く就寝して、グールドをふつうに聴けるような体調に戻すことにしましょう。
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