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ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳『その名にちなんで』
(新潮社)


 一九六八年生まれのインド系の男性が目の前に立っています。場所はニューヨーク。流暢な英語を話します。しかしおしゃべりではない。職業は建築家。身なりは清潔。目には知性の輝きがある。女性にはかなりモテそうな感じ。……彼がこの小説の主人公、ゴーゴリ・ガングリー。

「ゴーゴリ」とは、ロシアの小説家ニコライ・ゴーゴリにちなんだ名前です。暑い国カルカッタ生まれのベンガル人なのに、なぜ寒い国ロシアのゴーゴリなのか? その由来は、彼がこの世に生をうける前の時代にまでさかのぼります。彼の父親が九死に一生を得ることになった列車の大事故にその由来があるらしい。列車が転覆し大破する直前まで、列車に揺られながら父親は、ゴーゴリの短篇小説に読みふけっていた。そして救助隊員に救い出されたのは、そのゴーゴリの本がきっかけだった……。

 物語はゴーゴリが一九六八年に誕生するところから説き起こされます。ベンガル人同士の父親と母親は恋愛結婚ではなく、ごく普通の「お見合い」で結ばれます。父親はボストンで光ファイバーの研究の真っ最中。母親は結婚することで否応なく、未知の国アメリカに暮らし始めます。移住した二人に授かったゴーゴリは、故国を知らないアメリカ生まれ。アメリカの暮らしに表向きは適応しながらも、心はインド大陸に残し、定期的にカルカッタへ里帰りすることを続ける両親。この落差も、この物語の機微になっていきます。

 アメリカ生まれのゴーゴリは、自然のなりゆきでアメリカ社会、アメリカ文化に溶け込みます。成績は優秀。イエール大学の学生となったゴーゴリ(ゴーゴリはこの一風変わったこの名前を嫌って大学時代から改名するのですが……)を描く小説の前半では、一九八〇年代のアメリカ東部の学生たちの姿が実に生き生きとしています。彼らが聴いている音楽、ファッション、暮しぶりなどのディテールが、一九五八年生まれの日本人である私にとっても、どこか懐かしく膝を打ちたくなるようなものばかり。移民の子どもたちにとって、遥か遠くに残してきた祖国よりも、アメリカの暮らしにこそ明るく風通しのいい未来がある、と感じる心情に、無理はありません。
 
 アメリカが移民社会であり、彼らが民族や人種の違いによって差別をしない、という「あるべきふるまい」方に、アメリカの大学生たちは自然に馴染んでいます。ゴーゴリは恵まれた環境のなかでのびのびと知的興味を育ててゆきます。建築家になる夢を見定めたゴーゴリは、比較的奥手でしかなかった「女性とのつきあい」にも徐々に積極的になっていきます。

 ここから物語は、ゴーゴリの恋愛遍歴を軸にして、さまざまな女性との「あれやこれや」を丹念に、リアルに、ところどころハラハラとさせながら描きます。男女はどのような偶然の結果出会うのか。お互いはどのようにお互いを誘いあい、どのような手続きを踏んで、ベッドをともにするのか。そしてどのように別れるのか。具体的なディテールのリアルさに膝をのり出したくなる場面が実に多いので、ついつい「これはジュンパ・ラヒリが女性としての個人的な体験を、男性主人公のフィクションのなかに上手に紛れ込ませているのでは?」と下世話な勘ぐりもしたくなるのですが……。

 いやいや、そんな勘ぐりを与えるほど、ジュンパ・ラヒリがおそるべき力を持った作家なのだと言ったほうがいいでしょう。特に素晴らしいのは男性心理の描き方。ここまで見抜かれてしまったら、男の読者としては降参するしかありません。そればかりではありません。ひとつひとつの恋愛のなりゆきのなかに、人生のぬきさしならない真実が丹念に隠されていて、最後には潮の引いた後に黒々と姿を現す岩のように、私たちの胸の奥深くに何かを残していくのです。モデルのある本当の恋愛だけをベースにしていたら、おそらくこれほど胸に響く話にはならなかったのではないか。

 生きることの哀しさと滑稽を描くことにかけて、ジュンパ・ラヒリはもはや「驚異の新人」のレベルを遥かに越えた場所にたどり着いてしまいました。おそるべし、ジュンパ・ラヒリ。次作が待ち遠しい!
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