Kangaeruhito HTML Mail Magazine 095
 

hanae*『小学生日記』(プレビジョン)


 中学二年のとき、同じクラスの女の子と毎日のように手紙のやりとりをしていたことがあります。内容はおたがいの日常の他愛のない報告のようなものでした。特定の女の子と手紙をやりとりをするなんてもちろん初めてのことでしたから、ずっと頭に血がのぼったような状態で、彼女の気持ちをそらさないでいるにはどんな手紙を書けばいいかと、あれこれ悩みながら、たぶんバランスを欠いたヘンな手紙を書いていたのだと思います。

 何度目かの手紙をもらったとき、「これはかなわないな」と思いました。それは彼女の手紙の文章が実に自然なものだったということです。かまえることがなく、読みやすく、そして気持ちも届いてくる素直な文章が綴られていたのです。自分にはこんな文章は書けない。自分の机にのせた彼女の手紙を何度となく読み返しながら、何か人として、自分が彼女より数段劣っているのではないかと、密かに恐れるような気持ちになったことを憶えています。

 誤解を恐れずに書いてしまうと、彼女はクラスでピカイチの成績優秀な子だった、というわけではありません。同い年の男の子が近づきにくいような人目をひく容姿をしていましたが、性格は穏やかで、あたたかい家庭でなんの問題もなく育ってきた、という雰囲気のふつうの女の子でした。どうすれば、こんな自然な文章が書けるのか。今になって思えば、私はどうやらこの頃から、男というものがバランスを欠き、ときには過剰で、悪あがきする危うい存在なのではないか、とひそかに疑い始めていた気がします。

 ついつい余計な思い出話になってしまったのは、この本の著者hanae*(ハナエ)さんの文章にやはり同じように打ちのめされたからです。hanae*さんはこの本を書いたとき、小学生でした。本書は、彼女が小学生時代に書いた文章を集めた、いわば「エッセイ集」です。なかには、読売新聞社主催の「全国小・中学校作文コンクール」で三年続けて「読売新聞社賞」や「文部科学大臣賞」を受賞した作品も収録されています。小・中学生の作文コンクール、と聞けば、起承転結がしっかりしていて、文章はもちろん端正で、わかりやすい教訓も含まれて、全体としてはどこか予定調和的な優等生の作文が選ばれるのか、と短絡して考えてしまいますが、どうもそうではないらしい。hanae*さんの文章は教科書の作文見本のようなものではありません。もっと日常の口語体的な気楽さがベースになっていて、息を詰めることなく、楽に呼吸しながら書いている、という気配なのです。

「ラジオの夏休み」の章の冒頭を引用してみます。

「8月25日(月)
 もうすぐ夏休みも終わり。早かった。今年の夏休みは、プールにもキャンプにも行かず、八時に家を出て、塾に行って、五時過ぎに帰ってくる、っていう毎日だった。家に帰ってから、ちょっと食べて、だらだらして、おこられて、自分の部屋に行って、勉強して…。
 こういうことを言うと、ヒサンに聞こえるのかな。おばあちゃんと電話で話すと、いつも『大変だね』とか『だいじょうぶ?』なんて言われる。なんか、心配そうに言われるのって、好きじゃない。わたしは塾にも新しい友だちができたし、前よりも楽しいんだから。…でも、あんまり『楽しい』とか『おもしろい』なんて言うと、今度はお母さんに『まじめにやれ』って言われる。だから、黙ってやることにしている。
 別に勉強ばかりしているわけじゃない。今年は、ちょっとちがった楽しみを見つけた。それは、ラジオ!」(「小学生日記」より)

 彼女の日常が、人間関係が、内面が、軽快なリズム感にのせて伝わってきます。中学校受験をひかえた読書好きの小学校六年生の忙しい日々とはどんなものなのか。日常に浮き沈みするディテールを、彼女は見落とすことなくしっかりと観察し、繊細かつ的確に、そして無駄なく描き出す能力が抜群です。これはおそらく文章能力ということだけでなく、彼女の日常を送る姿勢そのものが素直で真っ当なのだということに他なりません。「文は人なり」ということは、老獪な大人ではにわかには判定がつかないこともありますが、hanae*さんの場合には、やはり「文は人なり」などという古風な言い回しがふさわしく思えるのです。

 こんな文章もあります。
「だいたい、わたしがいつもおこられることは決まっている。時間の使い方がへたなこと。片付けられないこと。塾で渡されたプリントも本棚に突っ込んで、いつのまにかばらばらになってしまい、三ヶ月にいっぺん位、お母さんがわたしの机とか本棚を整理し直す時に『ああ、こんなところにあった』って感じでいっぱい出てくる。それで、その度にお母さんのいかりはバクハツする。」(「受験タイマー」より)

 親指をぷちぷち使った携帯やe-mailのコミュニケーションにしばしば見られるような、ある種の紋切り型の文章とは似ても似つかないのがhanae*さんの文章です。今の空気を的確に伝えながら、その底には文章へのオーソドックスな信頼がしっかりと刻印されているように思います。

 同世代の男の子がこういう文章を書けるだろうか。ついついそんなことを考えてしまいます。少なくとも小学生の私にはゼッタイに書けなかっただろうな。もうひとつ思ったこと。自分の日々をふりかえり、発見をし、そのことの意味を考えながら文章にすることは、どこかでその人にとって「自分で自分を支える力」になるのだろう、ということです。悩める男の子たちよ、日記でも手紙でもいいから文章を書け。hanae*さんの文章にはそんな気分を呼び覚ます不思議な力が潜んでいます。
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