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語り・柿澤津八百 聞き書き・平松洋子
『旬の味、だしの味―「つる壽」語りづくし―』
(新潮社)


 十年以上前、何度か食べに行ったカウンター型のフランス料理店のオーナーシェフは、実によく喋る人でした。新鮮な素材を活かし、素早く料理しつつ、その舞台裏を実況中継のようにして喋る。そして料理はとてもおいしい。しかし何度か通ったのちに、なんとなく足が遠ざかってしまいました。料理を食べながら、シェフから話を直接「聞かされる」のがしんどくなってきたからです。話しかけられれば、こちらも何か反応しなければならない。食べながら味わう余裕がなくなって、気がつけばシェフの言葉を頭のなかで反芻し、こちらから返すべき言葉を探すようになってしまった。そんなことしていたら、肝心の味なんかわからなくなってしまいます。

 それじゃあ「腕の立つ職人は寡黙であるべし」なのか、と言えばそれも違うような気がします。「腕の立つ職人」であれば、味をイメージし、実際に手を動かし、という料理をめぐっての細かなプロセスが頭の中で整理されていて、自分の言葉にできるはずなのです。立て板に水ではなく、ボソボソと朴訥であったとしても、他人に伝える何かを彼らは持っています。要するにこういうことかもしれません。料理の秘訣や舞台裏は、食べながら目の前で直接聞かされるのはしんどいけれど、食べる前や後であれば、美味しさを深くしてくれる、知れば知るほどうれしい事柄なのではないか。

 本書は、「考える人」の人気連載だったもの。日本料理の真髄を守り、伝えている東京・虎ノ門の名店「つる壽」のすべてをこの一冊にまとめました。そして、この本ほど、「聞き書き」の素晴らしさを伝えるものはないと思います。平松さんという聞き手を得なければ、名店「つる壽」の真髄をすみずみまで平明に、美しく言語化することは不可能だったに違いない、と確信するのです。どちらかといえば、普段は寡黙であるはずの「つる壽」の柿澤津八百さんから、これだけの話を引き出した平松さんが、聞き書きの名手であることは間違いありません。

 もし、「つる壽」のどこが素晴らしいの? とお聞きになる方があったら、それではまず、あとがきを兼ねた「おわりに」の章をお読みください、と申し上げたいと思います。たとえば平松さんのこんな文章のなかに、「つる壽」の素晴らしさの真髄がさりげなく示唆されているからです。時代の流れに棹をささず、日本料理を守り続ける「つる壽」の姿勢がうかがえます。

「手をかけすぎず、素材の持ち味を生かすことで個性を打ち出すシンプルな料理法も、昨今注目を集めている。もともと旬の食材を生かすことに技を求めるのが日本料理の大きな特徴だが、よりいっそう『手をかけすぎない』ことで食材の持ち味を鋭く研ぎ澄ませ、ダイナミックなインパクトを与える。それは、ことのほか競争の激しい東京においては、ひと皿ひと皿がお客の舌をつかんで離さないための巧みな演出といえる。
 料理もまた、時代に添わなければ色褪せる。しかし、そのいっぽう、と私は訝しむ。日本料理がこれまで培ってきた豊かな知恵や技が『シンプル』の名のもとに色褪せてしまっては、食の文化は痩せ細る。厨房で腕を磨き、研鑽を積んでひと椀ひと皿に伝えられてきた日本料理の奥深さを、わたしたちはないがしろにしてはならない」

 たとえば、「つる壽」で「茄子の葡萄炊き」を口にしたとき、平松さんはこんなふうに描写します。

「私はひと口舌の上にのせて納得した。見映えの美しさだけではない。まさに丁寧な包丁使いのたまもの、やわらかな茄子にめりはりの効いたリズミカルな食感が与えられている。弾む畝のような溝の深さ浅さ、そこにしみこんだだしの塩梅もおのずと微妙に異なり、まるで飽きさせない。すっかり知り尽くしているなどとお手軽に思いこんでいた茄子の味は、そこにはなかった」

 料理をめぐるテレビ番組が全盛ですが、どんなカメラアングルであろうと、どれだけタレントが「おいしい!」と叫ぼうとも、平松さんの文章から伝わる味のディテールには遠く遠く及びません。テレビからはいつかどこかで聞いたような紋切り型のセリフが聞こえてくるばかり。もし、つる壽の「茄子の葡萄炊き」を食べる機会があったとしたら、平松さんのこの文章が甦ってくる気がしませんか。料理の真髄を舌以外のもので伝えるには、最良の言葉の右に出るものはない、と思わされる一冊です。それでは最後に「つる壽」の「おせち」の章から引用して終わります。──皆さん、どうぞよいお年を!

「うちでおつくりするおせちには、最低でも全部で五十種類は入っています。酢の物だけでも、叩きごぼう、酢れんこん、そこに添え物として青梅、小梅、かぶら、袱紗きゅうり、青み大根、はじかみ……。口取りには焼き物九種、煮含めた物七、八種。それに煮しめ、黒豆、数の子、田作り、昆布巻きなどの縁起物……。二段に詰めたままではわかりにくいけれど、大きなお皿一杯でも並べ切れない。種類の多さに驚かれると思います。これらすべて、ひとつひとつ下ごしらえをして味をつけ、丁寧に仕上げていくのです。(中略)実は、おせちの仕事は十月中旬に入ったらもう始まっています」
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