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監督:トマス・グルベ+エンリケ・サンチェス・ランチ
「ベルリン・フィルと子どもたち」
(東京・ユーロスペース 名古屋シネマテーク 福岡・KBCシネマで上映中)


 今回は番外篇。映画をご紹介させていただくことにしました。

 今週、「成人の日」の月曜日、サイモン・ラトルとベルリン・フィルが登場する映画ならと以前からチェックしていたので、渋谷の小さな映画館に足を運びました。ところが、映画の冒頭からこの映画が並みの記録映画などではないことを感じ始め、途中からは何度となく目頭が熱くなりました。期待していたものを遥かに上回る素晴らしい映画だったので、このことを早くお伝えしたいと思い、今回は変則で映画のご紹介となった次第です。

「ベルリン・フィルと子どもたち」にうならされたポイントはふたつ。ひとつめは、このドキュメンタリー映画に登場する子どもや大人たちの、顔そのものが持つ存在感の素晴らしさ。どんな役者にも演ずることの不可能な表情がここにはあります。ふたつめは、登場する人々の、借りものでない、彼らの人生からそのままにじみ出してくるリアルな言葉の迫力。あらかじめ用意された脚本では与えることのできない、ごろりとした感触の何かが彼らの言葉には宿っています。

 つまりこの映画には、ドキュメンタリー映画がもっとも輝くために必要な要素が頭から尻尾までぎっしりと詰まっているのです。もしクラシック音楽にまったく興味のない人であっても、人間の生き方の多様性に惹かれる気持ちがあれば、この映画はきっと何らかの、そして少なからぬインパクトを残すはずです。何しろこの映画に登場する「子どもたち」自身が、映画が始まる時点では、まったくと言っていいほどクラシック音楽に興味がないのですから。

 映画の内容に触れる前に、この映画にも描かれるベルリン・フィルのプロジェクトについて簡単に触れておきます。2002年にベルリン・フィルの芸術監督、常任首席指揮者に就任したイギリス人のサイモン・ラトルは、クラシック音楽を多くの人に再認識し、楽しんでもらうために、世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルを使ってさまざまな新しい試みを積極的にスタートさせます。

 それはたとえば、映画「グラン・ブルー」のサウンドトラックをベルリン・フィルが演奏する、というようなことでもあります。コマーシャリズムと批判されかねないことであっても、サイモン・ラトルは恐れることがありません。また、音楽を通じて子どもたちの可能性を広げてゆくために、「聴く」のではなく「演奏する」実感的な教育プログラムもスタートさせるのです。それらの試みは、従来のベルリン・フィルの見上げるほど高そうな敷居をぐっと低くすることでもありました。ベルリン・フィルはウィーン・フィルと並んで世界最高峰であることを自他ともに認める交響楽団です。もちろん集客能力も唸るほどありますから、何も敷居を低くする必要などない、と考える関係者もいて当然です。しかしラトルはそのようには考えませんでした。

 映画のなかで指揮者サイモン・ラトルはたとえばこのように語ります。

「芸術はぜいたく品ではなく必需品だ。空気や水と同じように生きるために必要だ」
「クラシックは皆の音楽だ。気後れする必要はないし、遠くにあるものでもない。リッチな老夫婦のためだけの音楽じゃない。ベルリン・フィルも人が崇めるような権威でも何でもない」
「私は以前から願っていた。子供のダンサーと、オーケストラを共演させたいと」
(「ベルリン・フィルと子どもたち」より)

 サイモン・ラトルは、8歳から20代前半までのダンスの経験のない子どもたちを中心に約250人のメンバーを集めます。ほとんどが素人、しかもクラシック音楽にほとんど関心のない子どもたちがベルリン・フィルと舞台で共演する──前代未聞の試みはこうしてスタートします。選ばれた子どもたちはドイツ社会のエリート家庭から選ばれたわけではありません。人種民族も多様です。ドイツでは珍しくない移民の子どもや貧困な階級の子ども、そして他人とのコミュニケーションに問題を抱えるような子どもも含まれて構成されているのです。

 ナイジェリアの内戦で両親を亡くし、遥か遠いドイツに一人で移住して来た16歳の少年。「高校ぐらいは卒業しておきたい」というちょっと世の中を斜めから見ているような14歳の少女。タバコを吸う十代の男の子。人の手が自分の身体に触れるのが耐えられないという19歳の青年。いずれもクラシック音楽などには縁のなかった人ばかり。そしてサイモン・ラトルが選んだバレエ曲は、自分自身が子どもの頃に聴いて心の底から震撼し、音楽への道を密かに決意させたという、サイモン・ラトルにとっても特別な意味を持つストラヴィンスキーのバレエ組曲「春の祭典」でした。

 そしてバレエなどの経験などない、人の話すら静かに聞くことのできない手強い子どもたちに、たった六週間という短い限られた時間のなかでダンスを振付けることになったのは、61歳の振付師、ロイストン・マルドゥームでした。イギリス人である彼は、悩み多き青春時代に、たまたま友人に誘われて乗り気もしないまま見た英国ロイヤル・バレエ団の映画に衝撃を受け、22歳というきわめて遅いバレエ人生をスタートさせた人です。家庭的に恵まれなかったロイストンにとって、このプロジェクトに集まってきた子どもたちの境遇は、おそらくタイムマシーンに乗って、十代の頃の自分に再会するような出来事でもあったに違いありません。

 この映画の「大地」が子どもたちだとすれば、そこに種を蒔き、水をかけ、太陽の光を降りそそいだのが、振付師ロイストンということになるでしょう。独特の風貌を持った彼の人間としての魅力がなければ、このプロジェクトが成功することはなかったでしょうし、この映画に深い感動を加えることはなかったはずです。愛情を持ちながらも厳しくそして長い彼のレッスンに、立ち会っていた学校の教師も途中で異議を唱え、子どもたちの離反も起こりそうになります。しかし、子どもたちも、ロイストンも、その危機をぎりぎりのところで乗り越えます。

 ロイストンには信念があります。しかしそれは絶対的な方法論に保障されているわけではありません。子どもたちはある意味でいつ辞めてしまってもかまわない立場。どこでどうころんでもおかしくない状況でした。稽古が容赦なくなってゆく三週目、四週目あたりからロイストン自身もこれが危ない賭けのようなものになっていることを肌で感じています。子どもたちの様子を見て教師から抗議を受けても彼はそれを押し返し、方針を変えません。自分のなかの心の揺れを表に出すこともせず、勝負師のような気配を帯びながら、子どもたちから引き出せる何かを信じてレッスンを続けます。このあたりは、映画を見ている私たちのなかにも彼らの葛藤が乗り移り、息も苦しくなってくるほどです。

 この先の本公演までの彼らの動きは、とても言葉では再現できません。まさに映画ならではのシーンが連続します。本番の「春の祭典」まで、息もつけずに私たちの目と耳は吸い寄せられてゆくのです。

 ロイストンは紛争や貧困などの問題に揺れる国々を訪れて、数々のダンス・プロジェクトに取り組む、いわば「国境なきダンス振付師」であるらしいことが映画のパンフレットには記されています。まずは生き延びることが最優先される場所にこそ、ダンスが必要であるという彼の思想。彼自身の人生のなかから導き出された、迷いのない選択には、人間への信頼と愛情が溢れています。リトアニア、ボスニア、エチオピアでの彼のプロジェクトについて、私は今、あらためて強い興味を持ち始めているところです。
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