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渡辺靖「アフター・アメリカ 
ボストニアンの軌跡と〈文化の政治学〉」
(慶應義塾大学出版会)


 アメリカのポピュラー・ミュージックの世界で最も重要な人として筆頭にあげるべき存在となれば、私はやはりランディー・ニューマンから指を屈したいと思います。人々の生きる姿を上空から俯瞰する冷笑的なスタンスをとったかと思えば、たとえば十代の少女の心奥深くに感情移入する同一化の方法も得意とし、ランディー・ニューマンはすぐれて両義的なスタンスを持ち合わせたシンガー・ソング・ライターです。類い希なのは詩の才能ばかりではありません。様々なジャンルの音楽を血肉化した上で、それらの土台の上に洗練された上質なポップスを作り上げてしまう畏るべき作曲の能力。ヒットチャートを駆け上がったのは1977年全米第2位となった「ショート・ピープル」一曲のみです。しかし彼が送り出したオリジナルアルバムは今後何十年経ってもその価値を失わないでしょう。

 1970年代には4枚のアルバム、1980年代には2枚、1990年代にはたったの1枚、という寡作なアーティストですが、いっぽうで1980年代以降、映画音楽の仕事はコンスタントなものになりました。代表的なものには「ナチュラル」「レナードの朝」「トイ・ストーリー」「バグズ・ライフ」などがあります。彼の叔父は「慕情」や「王様と私」の映画音楽を担当したアルフレッド・ニューマン。音楽家一族という家庭環境が、先天的、後天的にランディー少年に与え、授けたものも少なくないはずです。

 そんな彼にも、「失敗作」として語られることの多い、初挑戦だったミュージカル「ファウスト」という作品があります。このミュージカルのサウンドトラックのなかに、リンダ・ロンシュタットが歌う「ゲインズヴィル」という名曲があります。これは彼の詩の作法から言えば、冷笑的ではなく、深く感情移入するセンチメンタルなタイプのもの。その冒頭はこのように歌い出されます。

「私はフロリダのゲインズヴィルで生まれた。私の父は洋服屋で、私の母は大学の近くで喫茶店をやっていた。私には生まれる途中で死んでしまった弟と、水兵になった弟がいる。それから一人暮らしをしている姉さんも」

 このように淡々と描かれる家族の状況が、抒情的な旋律によって切なく歌われるとき、特別なスポットライトに当たることのないアメリカの普通の家族、普通の人々の暮らしが、たしかな輪郭をともなって浮かび上がります。その輪郭を形作るのは「ゲインズヴィル」という地名であり、「洋服屋」「喫茶店」という具体的なイメージ、そして端的に要約する兄弟の人生の様相です。ランディー・ニューマンの歌詞の特徴のひとつとして、具体的な地名や固有名詞がポイントで提示されるスタイルがあります。この歌の場合も、「フロリダのゲインズヴィル」という地名が喚起するイメージがこの曲全体の雰囲気をたちまちのうちに決定します。日本人である私が果たしてどこまでそのイメージを思い描けるのかという問題はもちろんあって、アメリカ人がこの地名から想起する何かを私たちがそのまま追体験できるかどうか、きわめて難しいと言わねばなりません。しかし、ランディー・ニューマンの優れた楽曲にその言葉が乗ることによって、私たちはそのセンチメントを丸ごと受け取ることができるのです。その情感は限りなく深いものです。

 人はこの世にひとりで生まれ出て、そしてやがてひとりで去っていきます。しかし生まれてくる時代、国、場所、家族は自分では選べません。それがすべてを規定し決定するわけではありませんが、スタート地点で生まれ落ちた場所がいったいどういうところなのか、家族はどのような構成なのか、によって、その後の彼や彼女の人生に立ち現れる固有の問題は姿も形も現れ方も変えていきます。私たちはあらかじめ用意された物語のなかで生を受け、そこから自分たちの物語を作り始める以外に「生きる」方法はないのです。

 私たちは自分たちの日常を左右する、家庭環境のディテールのなかで生きていることを忘れることはありません。しかし、たとえばアメリカという国を考えるとき、私たちの意識からアメリカ人の個々の家族というディテールは見えていない場合が圧倒的です。アメリカとはブッシュ大統領であり、報道官のコメントであり、ドルと円の為替の数値に置き換えられるもの、となりがちです。

 今、日本のメディアのなかでやりとりされる「アメリカ論」は、どこか同じ色合いを帯びて単純化され、アメリカという名の怪物をイメージするものがあまりに多くはないでしょうか。それらのアメリカのイメージは世界情勢を語る際には使い勝手がよく、収まるべき場所にぴたりと収まってしまいます。しかしアメリカの本当の実体に届かないままの部分も残されている、と知るべきです。アメリカを単純化して語ることは、大統領選挙の映像をアメリカの都市でテレビ受像器の向こう側に座って見ている普通の家族の姿を消してしまいます。たとえば本書の舞台のひとつともなる「ボストンのビーコンヒル」に住んでいるかもしれない、「博物館勤務」の父、「専業主婦」の母、「寄宿学校」に学ぶ娘、といった三人家族の姿を、私たちは見失ってしまうのです。

 本書は、アメリカのボストンを舞台に、私たちが見失っている個々の「家族」の姿を、文化人類学のフィールドワークの手法で丹念に明らかにし、そこからひるがえってアメリカという国を形づくる土台の構造を明らかにする稀有な本です。本書のカバー袖にはこのような紹介文が載っています。

「建国以前より『アメリカ文化』形成に多大な影響を及ぼしてきた米国北東部ニュー・イングランドの中心都市・ボストンにおける2つの対照的な社会グループ、(1)アングロ・サクソン系プロテスタントの上流/中上流階層に属する家族(ボストン・ブラーミン)、および、(2)アイルランド系カトリックの下流/中下流階層に属する家族(ボストン・アイリッシュ)に関する3年間以上のフィールドワークを軸に据えた、ポストモダン・アメリカを取り巻く諸相についての文化人類学的考察。」

 とにかく、本書は無類に面白い。私たちはアメリカのことを何も知らないに等しい、とあらためて思わざるを得ない内容に満ち満ちた本です。本書を読み終えると、この限定された地域の調査研究がその次元に留まらないものであることを私たちは否応なく発見するでしょう。私たち現代日本人の家族意識や、価値観の変容の姿、近未来の日本人が直面する課題、そして人間の根源的な心の問題にまで、私たちの視線は及んでいくはずです。まさにアメリカの現在は他人事ではない、と思い直すことになるでしょう。ささやかな一人の人間の具体的な姿を丁寧に描くことからしか、私たちは大きな問題にいたることはない、とあらためて思い知ることにもなるでしょう。

 フィールドワーク、という言葉にはある種の冷徹さを感じる場合もあるかもしれません。しかし本書をなみなみならぬものに押し上げる原動力となっているのは、著者が何よりも「人間」という存在の尊厳を基本に据えていることです。調査の対象となった家族=インフォーマントについて触れている「あとがき」にそれは現れています。少し長くなりますが、以下に引用しておくことにします。

「そして、何よりも調査に協力してくださったインフォーマントの方々への感謝の想い。原稿執筆中も、当時の様々なシーンが思い出されるにつれ、多々、目頭が熱くなった。特に、すでに他界されてしまった方々についてのフィールドノートに目を通すのは、まさしく胸が押しつぶされる思いだった。できることなら、せめてもう一度でいいから会って話がしたい。『人間は弱くて、脆い存在です。でも、誰にも一つはきらりと光るものがあります。そこを尊重することが大切なのです』と遺してくださったJ・C氏の言葉を筆者は決して忘れない。今でも、ボストンに戻り、当時のインフォーマントと再会することがある。その度に、彼らの生きざまも変わりつつあり、それを見つめる筆者自身の感性や価値も変わりつつあることに気づく。あの三年間もますます過去のものとなり、その意味づけかたも変わり続けてゆくことだろう。(中略)『他者』を単純化するのが為政者の仕事であるとすれば、その複雑性や構築性を明らかにしてゆくのが研究者の仕事かもしれない。本書がその一助となれば幸いである」
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