Kangaeruhito HTML Mail Magazine 119
 

伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)


「考える人」のメルマガではすでに何回か触れてきましたが、伊丹十三という人は、誰も書いたことのない世界を独特の文体で巧みに描き出した、類い稀なエッセイストでした。60年代半ばから70年代後半にかけて、エッセイの世界では右に出るものはなかった存在だと思います。それまでは「随筆」と呼ばれていたものが、伊丹十三の登場によって、「エッセイ」と呼ばれるようになった、そんな言い方もできるのではないでしょうか。

 伊丹十三の父親は、「赤西蠣太」などの名作を送りだした映画監督伊丹万作です。伊丹万作は文章の書き手としても知られた人でした。筑摩書房から刊行された『伊丹万作全集』全3巻を読めば、その文章による仕事が並々ならぬ才能から紡ぎ出されたものであることがわかります。たとえばそのユーモアの質には、伊丹十三のエッセイにも共通して流れる何かを感じとることも可能かもしれません。「彼が映画の人でなかったとしても、彼は文筆の人として優に一家をなしていた」と、同時代を生きた中野重治は、伊丹万作の文章の仕事を高く評価しています。

『ヨーロッパ退屈日記』は伊丹十三の単行本としてのデビュー作です。刊行されたのは一九六五年。映画俳優としてニコラス・レイ監督「北京の五十五日」などの作品に出演するため海外に長期滞在した際の身辺雑記を装いながら、日本文化論、ヨーロッパ文化論にもなっている。柔らかそうでいて実はずっしりと太い芯が通った、噛みごたえのあるものでした。ところどころに挿入される伊丹十三自身によるイラストレーションも、本書の印象を軽やかにそして深いものにしています。

 山口瞳は本書の刊行に際して寄せた跋文のなかでこう書いています。
「伊丹のいいところは、人間としての無類の優しさにある。そうして、その優しさから生ずるところの『男らしさ』にある。優しさから生まれた『厳格主義』にある。いつだって、どんなことだって彼は逃げたことがない。私は、彼と一緒にいると『男性的で繊細で真面な人間がこの世に生きられるか』という痛ましい実験を見る思いがする。
 映画について、スポーツ・カーについて、服装・料理・音楽・絵画・語学について彼が語るとき、それがいかに本格的で個性的なものであり、いかに有効な発言であるかがよくわかる。マニアワセ、似せもの、月並みに彼は耐えられないのだ。私は、この本が中学生・高校生に読まれることを希望する。汚れてしまった大人たちではもう遅いのである」

 私が『ヨーロッパ退屈日記』を読んだのは、中学三年生の頃でした。私にとって日常的な「海外」のイメージが、せいぜいが「ビートルズ」と毎週日曜のテレビ番組「兼高かおる世界の旅」程度に過ぎなかったとき、本書に描かれているヨーロッパについての様々な見聞は、初めて知ることばかりでした。読書体験として、これほど強烈、鮮烈なものはありません。伊丹十三のエッセイと出会って以降、私は、ものの見方、何を美しいと判断し何を醜いと判断するか、という基準のようなものを、ここから受け取って、血肉のように身につけてしまったのですから。

 この三十年以上の間に、数えきれぬほど再読を繰り返していますが、いまだにその輝きを失わない本書を今回あらためて手にし、特に深い感銘を受けたのは、本書の最後に置かれた「古典音楽コンプレックス」「最終楽章」の二つの章でした。舞台はヨーロッパではありません。伊丹十三が高校生の頃過ごした愛媛県松山市での思い出を描いたもの。高校生だった伊丹十三が出会った放浪のピアニストとの交流を描いたこれらの章を読み終えたとき、青春を描いた上質な短篇小説を読んだような感覚が残りました。「最終楽章」の出だしはこのようにして始まります。

「その日わたくしは縁側に寝そべって、例の、手で捩子を巻く仕掛けの蓄音器で『クロイッツェル・ソナタ』を聴きながらランボーの詩集を読んでいた。
 夏の盛りには、時間はほとんど停止してしまう。たぶん一年の真中まで漕ぎ出してしまって、もう行くことも帰ることもできないのだろう、とわたくしは思っていた。あとで発見したのであるが、人生にも夏のような時期があるものです」

 本書は3月2日、新潮文庫として復刊され、ふたたび世の中へと漕ぎ出してゆきます。著者自装だった単行本の装幀をそのまま再現していることにも御注目ください。同時刊行の『女たちよ!』と『問いつめられたパパとママの本』も本書と一緒に並んでいるはずです。伊丹十三が、ふたたび新たな若い読者に出会うことを祈りながら、今回の紹介を終えようと思います。
All right reserved (C) Copyright 2005 Shinchosha Co.