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中橋孝博『日本人の起源 古人骨からルーツを探る』
(講談社選書メチエ)


 日本人の起源もの、とくくることのできる本はいったいどれぐらいあるのでしょうか? DNAの解析によるもの、人骨から探るもの、など「起源」へのアプローチの方法は様々にあります。現状では大筋の推論が立つ「状況証拠」はかなり出揃ったと言っていいのかもしれません。しかし「これが最終結論だ」といえる決定的なものはまだ示されていないようです。だからこそ、いろいろな本が出てくることにもなるのでしょう。

 本書をおすすめしたいポイントはふたつあります。ひとつは、これまでの「日本人の起源」論をめぐる変遷を実に丁寧におさらいしてくれていることです。「日本人の起源」の前提として、アフリカ大陸に現れた人類の進化の過程にまで言及していますから、「日本人」の枠組にこだわりすぎた近視眼的な論とは無縁です。進化というものがいったいどのようなシステムによって動かされているのかということも、著者の分子進化学の知見に基づいてわかりやすく説明されるので、可能性の幅がいたずらに膨らみすぎることもないのです。「こうであったら面白いのに」という考古学についてまわる過剰なロマンティシズムは、本書においては実際の可能性という名のふるいにかけられきちんと検証されます。上滑りしていないのです。

 それでは、本書が科学的でつねに冷静であるが故にやや面白みにかけるのかといえば、決してそうではありません。本書の魅力のふたつめは、この本の著者、中橋孝博氏が人類学的な視点だけでは発露されることのない、個人としての人間への愛情に満ちあふれていることです。それは、第一章で取り上げているアマチュア考古学者相沢忠洋をめぐっての記述にはっきりと現れています。

 群馬県の赤城山嶺に住んでいた相沢忠洋は、兄弟との死別、父母の離婚など、貧しさのなかで厳しく辛い場面を次々と経験しながら、少年の頃からその虜になっていた土器や石器の発掘に情熱を注いだ人でした。行商や納豆売りを日々の仕事とし、仕事を合間をぬって土器や石器の発掘を続け、やがてその地道な努力と曇らない目の力によって、日本における旧石器の発見を果たした人です。しかし相沢忠洋の旧石器発見の功績には光が当たりませんでした。その発見が大々的に報じられていた当時の新聞には、その後に本格的な発掘調査を行った大学教授の名前だけが登場し、相沢忠洋の名が記されることはありませんでした。相沢忠洋がどれほどの失意を味わったかについて思いを馳せながら、著者は相沢の功績こそを惜しみなく再評価します。ここには「義憤」とでもいうべき著者の心の動きが率直に現れており、感動を呼ぶところです。

「当時相沢は小間物の行商や納豆売りでなんとか日々の生計を立てながら、一人、あたりの遺跡を巡ってはこつこつと土器や石器を収集していたという。後に相沢の数少ない同学の師となる芹沢長介(東北大学名誉教授)は、彼が電車賃の節約のために群馬県から東京まで一二〇キロの道を何度も自転車で通ってきた逸話を紹介している。当時の事ゆえ未舗装の道も多く、まだ暗い明け方の三時か四時に出発しても目的地に着くのはどうしてもお昼ごろになってしまったというが、しかし、東京に住む同好の専門家たちとの語らいは、身近に心を開いて語り合える友人を持たず、両親の離婚によって一〇歳の頃から孤独な貧窮生活を余儀なくされていた相沢にとって、何よりも心弾むひと時だったようだ。その人たちに見せようと石器や土器を詰め込んだ大きなリュックを背負っていくこともあったが、そんな時、運よく強い追い風が吹いてくれると、背中の荷物が帆のように風を受けて、かえって早く東京に着いたりしたという」(本書より)

 戦前までは、日本の最古の住人は縄文人であり、関東ローム層は石器の出てこない無遺物層と言われていたそうです。相沢忠洋が行商の帰途、切り通しの道で奇妙な石器を見つけるまでは一万年以上前の更新世は動植物さえ生息しない死の世界であったと考えられていました。相沢忠洋の発見はそれまでの考古学の常識を覆すものでした。ところがその結果は、栄光を受けるべき本人が傷つくことでしかなかったのです。「相沢の一途な情熱に冷水を浴びせ、彼の胸に学会というもの、その権威者、専門家と称する同学の人々への強い不信感を植えつけてしまったことは残念でならない」(本書より)。

 本書には他にも、名声を求め、嫉妬し、報復をする、人間の生臭い心の動きが、考古学の乾いた世界をも簡単に動かすものであることをいくつかのエピソードのなかで垣間見せてくれます。新しい説が学会や大学の人間関係や力学によってどのようにでも扱われ、その後の展開をも左右することがある。考えてみればどこの世界にもある話ですが、学会、大学のただなかにいる著者が、遠慮することなくその問題に触れていることは、本書がそれなりの思いに支えられて書かれていることを示す読み捨てならない部分でもあるのです。

 最新の知見を網羅し、勇み足もせず、バランスのよいスタンスで日本人の起源の問題に分け入りながら、同時に人間のこころの問題についても見て見ぬふりをせずにきちんと立ち止まる。学問の世界を扱う本で、これほどまでに血の通ったものを読んだのはほんとうに久しぶりのことでした。このような大学の先生が、心おきなく研究に専念し、さまざまな雑音や嫉妬によって抑圧されることのないように──と、心から祈りたくなりました。
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