ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』は、20世紀初頭から第一次世界大戦期、チボー家の兄弟アントワーヌとジャックを中心に、平和を希求しながらも運命に翻弄されていく人々を描いた大河小説です。薄ボールの箱に入った白水社版の全5巻を読みふけった方も多いのではないでしょうか。中身は、グラシンという半透明の薄紙のかかった黄色いソフトカバーの本でした。

 高野文子さんの漫画『黄色い本』は、新潟に暮らす女子高校生・田家実地子が、図書室から借りた黄色い本、すなわち『チボー家の人々』を読みふける日々を描いたものです。かたときも黄色い本を手放さずに学校や家での日々を送る姿と、本の世界に引き込まれた彼女が、ジャック・チボーを友人として生きる心象風景とが重ねて描かれています。読むものと読まれるものとの関係性をこれほど鮮やかに表現したものは、みたことがありません。

 その高野さんに、デビュー作『絶対安全剃刀』のころから注目してきたのが哲学者の鶴見俊輔さんです。今回の海外長篇特集で、編集部の長年の夢でもあったお二人の対談を、お願いすることができました。『黄色い本』をめぐって、そして海外文学をめぐってのお二人のお話は、高野さんの漫画のなかに潜むジオメトリーという鶴見さんによる鮮やかな作品論につながってゆきます。対談会場だった京都・京大会館から夕食の場所に席をうつしてもお話は途切れずにつづき、ぜんぶで6時間あまりに。当初は今回の特集に1回掲載の予定でしたが、それでは半分も載せられません。対談が終わったときには、これは2回に分けて掲載しようということに、おのずと決まっていたのでした。

『黄色い本』のような作品がどうしてうまれたか。作者である高野さんは高校時代、どんなふうにして『チボー家の人々』を読んだのか。ほかに好きな海外長篇はなにか。ではなぜ、好きだった『嵐が丘』ではなく『チボー家の人々』を作品化したのか。――鶴見さんはいきいきと目を輝かせながら、長年の謎を高野さんにぶつけてゆきます。そして最後に、「今日は高野さんについてもっていた疑問が氷解しました。実物のプレゼンスによって氷解した」とにっこり。これは、けっしてお見逃しなくと言いたい対談です。