Kangaeruhito HTML Mail Magazine 132
 池の中

 翻訳書の担当をしていた数年前、海外作家へのインタビューを中心とした『海外作家の文章読本』というムックを編集したことがあります。そのインタビュー取材でちょっと桁外れに面白い人物に出会いました。レドモンド・オハンロンという旅行記作家です。日本ではほとんど知られていない作家ですが、イギリス国内では旅行記作家としてカリスマ的な人気を誇る存在。日本では池澤夏樹さんが著書『明るい旅情』(新潮文庫)のなかで「旅行文学の大家」として触れていますし、『日の名残り』のカズオイシグロ氏はレドモンド・オハンロンの代表作と言われる『コンゴ・ジャーニー』を「とんでもない傑作」と賞揚しています。一般受けすると同時に、ちょっと玄人好みの魅力も兼ね備えた作家であるらしい。

 レドモンド・オハンロンは旅をどのように描くのでしょう。池澤さんによれば、「彼が書くものの特徴はユーモア、とんでもないことになって困惑している自分を笑うユーモアである」。南米の密林を旅する旅行記では、旅に向かおうとする手前でこんなくだりが出てくるそうです。「彼は自分を待っている風土病の類を羅列するところから話をはじめる。さまざまな病気と寄生虫と猛獣を並べた上で、川で気持ちよく泳ぎながら排尿した時に、その臭いに引かれて泳ぎ寄り、臭いの流れを遡って体内に入り込むカンディルーという妻楊枝のような寄生性の魚がいる。この魚に入り込まれた時の恐怖を精密に描写しながら、それでもいそいそとその地域へ出かけてゆく」(池澤夏樹『明るい旅情』より)

 ロンドンから車で一時間半、オックスフォードシャーにあるレドモンド・オハンロンの家は、外見は何の変哲もない、広い庭のある典型的なイギリス郊外の一軒家でした。妻と娘と息子の四人家族は飾らない笑顔で出迎えてくれました。ところが、一歩家のなかに足を踏み入れると、部屋のなかは「十七年間一度も掃除をしたことがない」おそるべき状態。アフリカやボルネオなど旅先から持ち帰った正体不明の品物が壁といわず床の上といわず怪しく並び散乱していて、足の踏み場もありません。二階に彼の書斎があり(階段をのぼる途中の手すりには、洗濯「前」か「後」か見分けのつかない洗濯物が無秩序に引っかかっています)、書斎のドアは、床に積み上がった高さ五十センチほどの紙ゴミ類の山で閉まらない。カメラマンが三脚を立てて室内を撮影しようとすれば、三本の脚をすべてバラバラの長さに伸ばさなければカメラが床面に対して水平にはならないのです。

 インタビューと撮影を終えると用意されていた夕食をご馳走になり、食後はすっかり暗くなった庭へと案内されました。レドモンド・オハンロンが懐中電灯と長い棒を持って歩いた先には四畳半ほどの広さの深い池がありました。自分で掘って作った池だそうです。なるほど池の横には、池が逆さまになって反転したような土の小山ができていました。掘り出した土も片付けない人らしい。無闇にうれしそうな彼が懐中電灯で照らし出した池には、深い底からもやもやと茂る藻と、光に照らし出されて慌てて逃げ出す水棲昆虫が一瞬見えたような気がしましたが、いったいどんな生き物がいるのかはわかりません。

 レドモンド・オハンロンは長い棒で池を探りながらこう言いました。「この中にはいろんな生き物が棲んでいるんだ。下手に手を突っ込むと虫か何かが咬みつく。アマゾンでは咬まれた経験はないのに、僕はこの池で手を咬まれたことがあるよ。客が来ると、いつもこの池に案内するんだ。池の前にしゃがませて懐中電灯で照らしてみせると、ずーっと飽きずに見つめている人がいる。そういう客はたいてい異性愛(ヘテロセクシュアル)だ。同性愛(ホモセクシュアル)の人は池の中で何かが動いていたりすると、びっくりして気持ち悪がるね。フロイトが、池というのは非常に女性的なものだと言っていたけど、これは正しい。旅の行き先も同じだよ。探検家でジャングル専門の人は異性愛。砂漠とか乾いたところに行きたがる人は同性愛の可能性が高い。僕かい? もちろん前者だよ。砂漠みたいなところはごめんだね。何が出てくるかわからない湿ったジャングルこそ、僕の最高の旅の目的地だよ」

 私はじーっと池の前にしゃがんで池の様子を見ています。いえ、ここはイギリスではなく日本です。しばらくの間、誰も面倒を見る人がいなかったほとんど枯れかかった小さな池が田舎にあって、レドモンド・オハンロンの庭の池のイメージが私を無意識のうちに駆り立てたのか、たった一畳半ほどの広さしかないこの古い小さな池を数年前に甦らせることにし、自分で手入れを始めたのです。冬の終わりには底に溜まりすぎて池を浅くし濁らせてもいる腐った落ち葉を少しずつ掻き出したり、新たに藻を入れたりして、春先にはホームセンターで手に入れたヒメダカを十匹余り放してみました。水を浄化するというホテイアオイも浮かべました。やがて池は春から夏にかけて見違えるように生き生きとしたものに変わり始めました。どこからかやってきたのかゲンゴロウも棲みつきます。メダカがすいすいと気持ちよく泳いでいる様子を見ているうちに、この池にたった十数匹のヒメダカだけでは寂しいかもしれないと思い、もう一度ホームセンターに出かけて、メダカの原種ともいわれる黒メダカを見つけて購入し、やはり十数匹を新規投入してみたのです。

 ある日、池の前にしゃがんでメダカの様子を見ていたら、メダカを狙うものが池のなかに潜んでいるのを見つけました。トンボの幼虫のヤゴです。池の底とほとんど見分けがつかないヤゴは、メダカが近くを泳ぐとサササーと水中でジャンプして咬みつこうとします。あぶないッ! と思うぎりぎりのところでメダカはスッとヤゴをかわします。空振りに終わったヤゴはそのまま空しく池の底へと落ちていきます。あぶなかった……ホッとしたものの、いつ食べられるかわからないと思い、しばらく池の端にしゃがみこんでヤゴの動静を見守ります。観察を続けてわかったのは、ヤゴが襲いかかるスピードと、メダカがそれに気づき逃げるスピードはわずか一拍の差でつねにメダカに軍配があがる、ということでした。そう気づいて見ていると、メダカは平気な顔をしてヤゴのいる上空を旋回していることがあり、これはひょっとすると「大丈夫」だと承知の上で、ヤゴをからかって遊んでいるのではないかと勘ぐりたくもなってきます。メダカは名前通り頭の上のほうについた目で水面ばかり気をつけて見ているわけでもないらしい。自分の下のほうもしっかり見ている。なかなかあなどれません。

 夏の終わりには、池のまわりの草や木のそこここにヤゴがトンボとなって旅立っていった抜け殻がしがみついていました。ヤゴはいったい何を食べて大人になったのか。メダカは変わらず悠々と泳いでいます。トンボは池の上空にもやって来て、ヤゴ時代とうってかわって敏捷に飛び回り、目にもとまらぬ速さで巧みに虫を捕まえて食べていました。秋が終わり、冬になると、池の表面は厚い氷に覆われて、池のメダカはその氷の下に閉じこめられてしまいました。メダカがどうやって越冬するのか知識のない私としては、(これで全滅したのかもしれない)と半ば諦めたりもしましたが、長い冬が終わって春になり、氷が解けると、拍子抜けするようにますます元気なメダカが池のなかを泳いでいました。メダカはプランクトンか何かを食べているのでしょうが、そのあたりもわからないままです。放っておいても平気で生きているメダカに感心しきりです。

 夏が過ぎ、秋の暮れに池の様子を子細にチェックしてみたら、最初に投入したヒメダカが激減していることに気づきました。黒メダカは数を増やしている模様。同じ池に違うメダカを入れてしまったために、ヒメダカと黒メダカの間で生存競争があり、ヒメダカが数を減らしたのに違いない……ヒメダカよ、申し訳ない、と反省しました。同じく寒い冬を氷の下で過ごした黒メダカは次の年にはさらに数を増やしました。ヒメダカはついに一匹もいなくなり、池は黒メダカの天下となりました。

 そして今年の春。しばらくぶりで池の中をのぞきこみ黒メダカの消息を確認しようとしたときです(黒メダカはヒメダカと違ってなかなか見つけにくいのです。池の色に見事にとけこんでいるので、目が慣れるまでは一匹もいないように見えます)。目を凝らしてもメダカを見つけられないでいる私の視界のなかを人間の手のひらぐらいの大きさの影が不吉に横切りました。見たことのない動き。心臓がどきんと高鳴ります。う……あっ! カエルだ……。メダカをなかなか見つけられないはずでした。いままで見たことのないカエルが悠々と怪しく泳いでいる。ということは、ああ、これじゃあメダカは全部食べられてしまったに違いない。カエルのことはまったく考えてなかった。対策を立てておくべきでした。

 すっかり意気消沈して池を眺めていたら、池の真ん中に浮いているホテイアオイの陰で黒メダカが一匹ひらひらと泳いでいるのを見つけたのです。そうか、お前だけは生き残ったのか。しかし、明日のお前の命は誰も保証できない。お前の命を救うためには網で池からすくい上げ、水槽に移して飼うしかない……そう考え始めたら事態は一刻を争う気持ちになってきました。私は家にとってかえし、とりあえず網とポリバケツを持って救助隊の気分でふたたび池に舞い戻ります。

 ところが、ふたたびそっと近づいて見た池の中では、意外なことが起こっていました。

(つづく。──次回は「メダカ博士」が登場します) 。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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