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J・D・サリンジャー 野崎孝・井上謙治訳『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア─序章─』(新潮文庫)と「暮しの手帖」49号


 おとといの昼、東京の気温が36度に達した頃、同僚の女性編集者と近所のおそば屋さんにお昼を食べにいきました。どこでその話になったのかきっかけは忘れてしまいましたが、つるつるとそばをすすりながら、新潮文庫のサリンジャーの装幀は素晴らしい! ということで突然盛り上がりました。その頃は中学生だった彼女が新潮文庫のサリンジャーに手を伸ばしたのは、「装幀を見て、なんてかっこいいんだろうと思ったから」だそうです。私も、新潮文庫のサリンジャーはときどき書棚から引っ張り出して見るのですが、背の水色といい、カバーに散らばる水玉模様といい、何度見ても飽きのこない、不滅のブックデザインだとそのたびに思ってしまいます。

 高円寺の古本屋にふらりと寄ったら、40年以上前の「暮しの手帖」が何冊か並んでいました。私は自分が生まれた年である1958年と翌59年のものを何冊か買いました。ここに掲げているのは、そのときに買った1959年の初夏号。以前にもこのメールマガジンで書いたと思いますが、私はこの頃の「暮しの手帖」がその内容といい、デザインといい、日本の雑誌の歴史において、比肩するもののないひとつの到達点ではないかと思っています。多少話を横へ拡大すると、ちょうどこの頃、58年、59年あたりは、日本のモダンで新しいデザインが続々と登場した時代でもありました。たとえばタバコのハイライトのパッケージデザインは、大学を卒業して広告制作会社に入社したばかりの若き和田誠さんの59年の作品。ちなみに、この頃のデザインの世界については、和田誠さんが『銀座界隈ドキドキの日々』(文春文庫)で活写されています(次回はこの本について書くことにしましょう。最新号の「芸術新潮」にも、和田誠さんの現在のデザインの状況についての辛口の発言が登場しています。このインタビューもぜひご覧になってください)。

「暮しの手帖」49号の表紙の素晴らしさは、今見ても古びない──どころか、このデザインに匹敵する表紙を持つ雑誌が現在どれほどあるか、という根本的な疑問すら抱かせます。清潔な白地の上に、花森安治氏が自分で彩色したのであろう植木鉢と園芸用フォーク。私が買った「暮しの手帖」にはシミがついていたり、マグカップが置かれたためにできた底の輪が残っていますが、発売当時はまっさらな白地にこれらの絵柄がくっきりと浮かびあがっていたはずです。リビングのどこかにこの表紙の雑誌があるだけで、生活がいきいきと輝いてくるかのような効果があったのではないか、という気がします。

「読者に伝わる」というのはどういうことなのか。デザインについて考えるとき、私はいつもそのことに頭をめぐらせます。書店には本も雑誌もあふれていて、1959年当時に較べれば派手な色使い、写真も増え、文字の情報量も圧倒的です。だからこそ「今はこうしないと伝わらない」という考え方が出てきます。そこでお馴染みの「タイトル文字は大きくすべし」という議論が繰り返されるのですが、これもまた何度かこのメールマガジンで書いたことなので蒸し返すのはやめておきましょう。皮肉なことに最近はミリオンセラーの小説が写真を使ったタイトル文字の小さなものだったために、似たようなデザインのものが流行したりもしています。「現在の流行を見定めて、読者が求めるものを作る。それがプロってもんだよ」。そうでしょうか。「暮しの手帖」49号のなかに、花森安治氏の文章が載っています。ちょっと引用してみましょう。タイトルは、「流行色だけが色ではない」。

「服地と選挙は、どこか、似ているところがある。
 私たちが投票するとき、いつでも、一種のもどかしさを感じるのは、立候補している人以外には選ぶことができないという、あのルールのせいだろうとおもう。もっといい人、つまり自分の気持にピタリという人に投票したいとおもっても、あいにく立候補している人のなかには見当らない。仕方なしに、比較的マシな人に投票する。だから、投票所から帰ってくるときの顔をみると、大ていの人は、亭主と議論をして、いい加減なところで止むなく妥協してしまったあとみたいな、もたもたした表情になっている。
        ★
 新しい服を作ろうとおもって、百貨店あたりの売場に立ったときに感じるのが、これに似たもどかしさである。
 そこに並んでいるのは、生地にしろ柄にしろ色にしろ、『流行』のものだけである。しかも、その『流行』は、毎年毎シーズン、猫の目みたいに変る。ところが、申訳ないが着る方は、どの年もどのシーズンも、おなじ一人の人間である。どの年の、どのシーズンの流行も、自分に100%ピッタリ、などという器用な芸当はできない。いきおい、比較的のまた比較的に、いくらかスコシはマシのような気もするかいな、といったものをえらぶより仕方がない。えらぶというより、泣き寝入りといった方がぴったりするみたいなものである。
     (中略)
 しかし、私たちがメーカーや百貨店に言いたいのは、『流行』を上手に作ることよりも、『流行』と並んで、『いつも変らない』ものも、ちゃんと作ってほしい、ということである。
 たべものでいって、『流行』がチョコレートやショートケーキなら、『いつも変らないもの』は、ご飯やおかずである。三度三度チョコレートやケーキばかりでは、たまらないのである。」(「暮しの手帖」49号より)


 花森安治氏がデザインした「暮しの手帖」の表紙には、流行に棹さすようなものほしげなところがありません。ここには「いつも変らないもの」があります。麹谷宏氏による新潮文庫版のサリンジャーの表紙デザインについても同じことが言えるでしょう。サリンジャーの小説が半世紀を経ても古びないのと同じように、このデザインもつねに新しい。私が1980年に買った『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』の新潮文庫の初版の表紙裏のコピーは、こんな文章で始まっていました。「画一化された価値観を強いる現代アメリカ社会に、繊細な感受性と鋭敏な洞察力をもって個性的に生きようとするグラース家の七人兄妹たち」。

 少なくともこの初版のカバーデザインでは、表紙裏にもきれいな水玉模様がまわっていたのだと今回初めて気づきました。うーん、このデザインのほうがきれいですね。現在のものは、バーコードを入れなければいけないということと、文庫という「画一的」商品が担わされる宿命からは逃れられないものだとは理解しますが、こういうものが流通する余地が残されている世界のほうが、システムが「主人」なのではない、人間自身が「主人」として楽に呼吸のできる世界なのではないか、と私は思うのです。

「暮しの手帖」49号のデザインのディテールにも同じことが現れています。それは「法定文字」の位置です。赤い園芸用フォークの下に、小さな活字で「昭和29年10月19日日本国有鉄道特別扱承認雑誌第2,903号 昭和34年年5回刊第2号 昭和34年5月5日発行」と横一行に印字されています。色はブルー。通常は、表紙の一番上に黒で印刷されるものです。しかし花森氏は、「ここに、この色で置きたい」と考えたのでしょう。園芸用フォークの右端と、early summer、1959、そしてこの法定文字の右端が揃っています。ここでなければという呼吸が伝わってきます。表紙の洗練度をさらに深くするディテールとしてパッと見た目よりも大きな役割を担っているのです。文字の位置、大きさ、色ひとつとっても、ゆるがせにはできない花森安治氏の、背筋のピンと伸びた信条が伝わってきます。

「そんなこと言ったって、そう決まっていることなんだから」「今の読者にはこうしなきゃ伝わらないよ」そのようなやりとりのなかで生まれたデザインは、花森氏のさきほどの言葉を借りれば「いい加減なところで止むなく妥協してしまったあとみたいな、もたもたした表情になっている」。そうではなく、このように作りたいのだ、と考え抜かれてデザインされたものは、半世紀経った後、当時生まれたばかりだった赤ん坊の私にも、そして「デザインがどうのこうの」と蘊蓄をかたむけるわけでもない、当時は中学生だった私の同僚にも、きちんと伝わるのではないでしょうか。そのことを信じてやっていくことでしか、いいものは生まれないと私は信じるのです。
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