Kangaeruhito HTML Mail Magazine 148
 「表2見開き」の綱渡り

 校了作業の真っ最中です。今回は、特集(「ドイツ人の賢い暮らし」)の取材と執筆と原稿取りの三役をすべて一人で、しかも用意周到にこなした編集部S氏の奮闘により、進行状況はかなり順調です。秋の号は小林秀雄賞の決定発表の号でもあり、選考会から校了までの短い期間に選考委員の選評はもちろん、受賞者へのインタビューもとらなければなりません。これも例年は最終入稿になってしまうのですが、受賞した茂木健一郎さんの担当編集者K氏が超多忙の茂木さんの身柄を早々に確保して素早くインタビューをまとめてくれたので、これもすでに校了間近。

 ひと仕事を終えたはずのS氏が、ワークテーブルを占領して何やら黙々と作業をしています。神妙な顔で横文字だらけの紙を一枚一枚睨み、並べ替えている。机の上にはブルーの精算用紙。特集のためのドイツ出張の精算です。「おお! 早いねー」「いやあ、昨日来たカード会社の請求がン十万円もあったんで、必要に迫られてですよ」私は精算をためてしまうクチなので、取材も執筆も精算もすべて前倒しのS氏に圧倒される思いです。一見そういうことには大いに抜かりがありそうなタイプに見えるのに、またしても仕事が早い。

 昨日もS氏の仕事に驚かされたことがありました。出版部内を回覧でまわってくる9月の新刊見本を見ていたら、S氏担当の本が二冊もあることを発見したのです。一冊は野口悠紀雄氏の『ゴールドラッシュの「超」ビジネスモデル』、もう一冊は浜本隆志氏の『モノが語るドイツ精神』。パラパラと中を見てみると、どちらも図版がいっぱい入っています。図版の入手にしても、掲載許可にしても、レイアウトにしても、デスクワークに時間がかかってしまうのは明らかな本が同時期に二冊。特集のあれこれをやりつつ、この編集作業までやっていたのか! ……凄い。えらい。それに較べて私の仕事はいつも遅い。最終入稿はたいてい私で、今回もそうなるのは確実な情勢です。

 今度の号で最後の入稿となるのは、「考える人」の広告主であるユニクロの頁です。表紙を開いてすぐのところ、私たちは「表2見開き」と呼ぶ最初の見開きの広告頁を、今回は一枚の写真で飾ろうと思っています。「表2見開き」は、その号で取り上げるユニクロ広告記事全体のテーマをシンプルに象徴するような、短いコピーと強いビジュアルが必要です。「玄関先」をいかに魅力的に作ることができるか──。今回の広告は、10月7日にオープンするユニクロ銀座店の舞台裏を紹介しています。ところが、「表2見開き」用の撮影が今のところできていないのです。

 銀座4丁目交差点の目と鼻の先、鳩居堂の並びにある老舗、銀座ワシントン靴店本店は、東京オリンピックの年の1964年に竣工した「世界最大規模の靴専門店」です。耐震改築工事が今月末まで行われてリニューアルオープンすると、その1階から5階がユニクロ銀座店になる、というわけなのです。ところが、オープンは10月7日。その3日前発売の「考える人」の広告頁で、ユニクロ銀座店の外観を写真で見せるのはスケジュール的にかなり厳しい。今はまだ工事中ですから、新しいビルは仮囲いで何も見えません。コンピュータ・グラフィックスの完成予想図はありますが、写真は一頁大で使うので、できれば本物を撮影したい。それも、銀座4丁目の風景のなかに新しく現れるビル、という構図の写真がいちばん説得力があるし、わかりやすいのではないか。聞けば9月16日にはビル全体を覆っている仮囲いが外されるとのこと。その日に撮影できるのであれば印刷所に泣きついて、「表紙まわりの見開きだし、写真は一点だから何とか間に合わせてほしい」と頼みこめます。

 どのポイントからユニクロ銀座店を撮影するのがいいのか、新潮社のカメラマンとふたりで半日ロケハンにでかけました。銀座の中央通りを歩きながら、ユニクロ銀座店の反対側にあるビルを一軒一軒見上げては、窓が開いているかどうか、テラスがあるかどうかなどを見て確認し、それぞれのビルに入っていって実際にどう見えるのかを物色します。もちろん事前に了解を得ているわけではありません。普通の一般客としてビルに入ります。しかしビルの中に入って早々、店内には目もくれず、中央通り側の窓に張り付いてふたりの男が外を見下ろしては、こそこそと何事か相談しているのですから、これはかなり怪しい。私が警備員だったら「何してんの?」と声をかけるところです。

 何軒か歩き回った末、中央通りのなかでは比較的間口の狭いビルに、小さいながらもテラスがある場所を発見しました。喫茶店です。私たち怪しいふたりの男はその店に入って、まずは席につき、紅茶とケーキのセットを注文します。中央通りに面したテラスに近い席は、今はグループの女性客に占領されています。私たちは時折ちらちらと彼女たちを盗み見ながら、帰るタイミングをはかって待っていました。しかし女性客のおしゃべりは佳境に入っているらしく、しばらく帰りそうな気配はありません。しばらく待つしかないな、と思い定めて、私たちは腰をすえて(?)ゆっくりケーキを味わうことにします。

 そのケーキ、イチゴのミルフィーユが意外にも大変おいしい。カメラマンの頼んだモンブランも、聞けば「おいしいですよ、かなり」と笑顔です。さっきまでは、目つきの悪い怪しい二人組だった私たちも、ちょっと肩の力が抜けました。ほぐれた気分のままに、ウェイトレスさんに「突然ですみませんが」と声をかけ、こちらの事情を説明しました。こういう場合、とにかく突然ですから大抵は警戒されるのですが、彼女は終始笑顔で私の説明を聞いてくれました。「大丈夫だと思いますけれど、マネージャーは銀座の他の店にいるので、確認してみますね」と明快なお答え。連絡を取ってくださる間に女性客は去り、私とカメラマンはテラスに出て眺めを確認します。「お、いいねココ」「そうですね、ここならばっちりですね」。

 マネージャーの方も快諾してくださり、撮影の準備はすべて整いました。ところが、ユニクロの担当の方から今週早々に連絡が入り、工事が少し遅れているので、仮囲いがとれるのは16日から19日にずれこんだ、とのこと。それも19日の夜7時の予定なので、撮影はどう考えても20日になってしまう。これは本当のぎりぎりです。もし、そのあたりに台風でも来て、さらに延期になってしまったら……。進行担当にはなかなか言い出せないスケジュールになってきました。喫茶店のテラスから下見をしながら、仮囲いのついた状態のビルは撮影してあります。デザイナーにはその写真をダミーとして使ってもらい、レイアウトもすでに完成。あとは19日、20日を待つばかり。もしこれが、2日でも遅れてしまうようだと……大ピンチです。

 天気予報では19、20日は「晴れときどき曇り」。天気ばかりではなく工事そのものが遅れないこともしっかりと祈らねばなりません。さてどうなるか? 次号を手にしてくださったら、ぜひ「表2見開き」の写真にご注目ください。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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