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インドの神話世界

2019年9月25日 インドの神話世界

22 神話や昔話の「禁止」のはなし

著者: 沖田瑞穂

 みなさんご存知の昔話「鶴の恩返し」。そこでは、人間の女に変身した鶴が男のところにやって来て、「機織りをするのでその間私の姿を見ないでください」と言います。しかし男は見てしまい……。
 このような「禁止」のモチーフは世界中の神話に出てきます。鶴の恩返し同様、「見るなの禁」が多いです。日本の神話でイザナキは見るなと言われていたのに黄泉の国で妻イザナミの死体を見て、別離することになってしまいました。ギリシアの神話で冥界に行ったオルペウスは禁を破って振り返って妻エウリュディケの姿を見て、冥界から連れ戻すことに失敗しました。
 この「見るなの禁」は、「見せるなの禁」や「口をきくなの禁」などヴァリエーションをともなって様々な神話や昔話に登場します。今回は、この「禁止」のモチーフの持つ意味について考えていきましょう。

 ではまず、「見せるなの禁」から紹介しましょう。二つあるのですが、二つともインドの神話です。まずは「カエル女房」です。

カエルのスショーバナー

 イクシュヴァーク家のパリクシット王は蓮池のほとりで一人の美しい娘を見初め、結婚を申し込みました。娘は「私に水を見せないでください」という条件で承諾しました。
 二人は楽しく暮らしていましたが、あるとき王宮内の森を散歩していて、あずまやの中に池があるのを見ました。王は妃にどうしたことか「池の中に入りなさい」と言ったので、娘は池に入り、そのまま戻ってきませんでした。
 王は狂ったようにあちこち探し、池の水を抜くと、そこにカエルがいました。王はカエルが妃を呑みこんだと思い、カエルを呪って全てのカエルを殺すよう命令しました。カエルの大殺戮が行われると、カエルの王は苦行者に変身して王のもとへ行き、王妃であった女は自分の娘のスショーバナーで、人間の王をだます悪い癖があると言いました。王が妃を戻してくださいと言うので、カエルの王は娘を王に与えました。(『マハーバーラタ』第3巻第190章)

池の上の蛙と卵

 これよりも古い話として、インドに天女ウルヴァシーと人間の王プルーラヴァスの神話があります。

天女ウルヴァシー

 天女ウルヴァシーは人間の王プルーラヴァスと恋に落ち、結婚しました。結婚の時に、ウルヴァシーは「あなたの裸身を私に見せてはならない」と約束を交わさせました。二人は長く幸せに暮らし、子を宿すまでにいたったのですが、これに半神族のガンダルヴァたちが嫉妬して、ウルヴァシーのかわいがっていた子羊を盗みました。ウルヴァシーの悲嘆の声を聞いて裸で駆けつけたプルーラヴァスを、ガンダルヴァたちは雷光で照らし出しました。こうしてウルヴァシーは夫の裸身を見てしまい、姿を消しました。
 プルーラヴァスは半狂乱になって妻を探し出し、のちにガンダルヴァの一員となって妻を取り戻しました。(『シャタパタ・ブラーフマナ』第11巻第5章第1詩節)

 さて、まずカエルのスショーバナーの場合を考えてみましょう。「私に水を見せないでください」という禁止です。水とは、スショーバナーの所属する世界のものです。それを見せてはならない、と言うのです。つまりスショーバナーは本来の居場所である水界を離れて王と結婚しました。しかしその水界の断片である水を見てしまえば、あるべき場所に戻らなければなりません。水を見ないことによって、スショーバナーは水界と人間界の間に存在する「境界」を曖昧なものにしていたのです。
 さて、次にウルヴァシーの場合です。彼女は夫に「あなたの裸身を私に見せないでください」と言って結婚しました。ところでスショーバナーの場合はカエルと人間、ウルヴァシーの場合は天女と人間、というように、女性の方が異世界に属する存在であるという点で、この二つの話は共通の構造をもっています。いわゆる「異類婚姻譚」です。ウルヴァシーが夫の裸身を見ない、ということは、天界と人間界の境界が曖昧なままであることを意味しています。境界を曖昧にして、異類の間の結婚を可能にしたのです。しかしウルヴァシーは見てしまいました。だから天界に還らなければならなかったのです。

 この二つの話の対照表を以下に作りました。

〈インドの異類婚姻譚の構造〉

 このように整理すると、インドの異類婚姻譚において、禁止は、スショーバナーの場合は「自分が属する世界のものを見せてはならない」であり、他方のウルヴァシーの場合は「夫が属する世界のものを見せてはならない」であったと言い換えることができます。
 禁止の内容が反転しているのです。どちらにせよ、婚姻によって曖昧となっていた妻の側の「所属」が、「禁止」の侵犯によって決定的に明らかなものとなり、いったん別離せざるをえなくなる、という構造になっています。
 妻の所属を隠すか、夫の所属を隠すかでは違っていますが、夫婦どちらかの所属、あるいはそれを象徴するものを隠すことで成り立っていた結婚が、禁止が破られることで別離に至るというわけなのです。

 さて、次に、中国の「禁止」の神話を見てみましょう。この話は第2回で取り上げました。

生死を司る星

 ある少年が麦刈りをしていると、物知りの男に、あなたの寿命は二十歳までに尽きると言われます。少年とその父は男に願って寿命を延ばす方法を教えてもらいます。少年は寿命を管理する北斗星と南斗星が碁を打っているところに行き、持ってきた酒と肴を出してお給仕をします。ただしその間、何を聞かれても「口をきいてはならない」と禁じられています。やがて北斗星と南斗星は碁を打ち終わり、少年からご馳走されていたことに気づき、少年の寿命を十九から九十までに延ばしてやりました。

 北斗星は死を司り、南斗星は生を司ります。彼らは碁を打つことで、星々の営みや人間の営みを動かしています。もし少年が二人の神の前で口をきいたら、そのことによって神々の領域に踏み込み、聖なる行為である碁の営みを止めてしまい、神々を俗にさらすことになるのです。「何を聞かれても決して口をきいてはならない」は、世界の運行を意味する碁の邪魔をしてはならないということです。終わるまで待つ。そこに少年にとっての試練としての意味も出てきます。
 「聖」の反対は「汚れ」ではないのです。「俗」、すなわち我々の営むこの日常です。それを「聖」の中に持ち込んではならない、ということを、この「生死を司る星」の話は「口をきくなの禁」によって説明しているのです。

 今回は、インドと中国の神話の「禁止」のモチーフについて見てきました。インドの「見せるなの禁」は、異類婚における境界を曖昧にするという役割がありました。一方、中国の「口をきいてはならない」の禁には、聖と俗の境界をはっきりとさせておく役割がありました。
 境界を曖昧にしたり、逆にはっきりさせたりする。神話における「禁止」のもつ意味は一様ではないことが見えてきます。しかし、何か「境界」と関わる、ということは確かです。
 「禁止」の神話はこれだけではなく、日本の神話や昔話、ヨーロッパの神話や昔話にもでてきます。それらの事例については、また改めて考えていくことにしましょう。

 

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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