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インドの神話世界

2019年10月9日 インドの神話世界

23 神話や昔話の「禁止」のはなし2

著者: 沖田瑞穂

 前回は、インド神話の「カエルのスショーバナー」や「天女ウルヴァシー」を取り上げて、「禁止」のモチーフについて見ていきました。今回も、その続きです。インドから話を広げて、日本やヨーロッパの神話や昔話の「禁止」を考えていきましょう。
 まずは、日本の『古事記』の神話に出てくる、「見るなの禁」です。

黄泉のイザナミとイザナキ

 世界の始まりの時に生まれたイザナキという男神とイザナミという女神は、結婚してまず国土を、次に神々を産みました。しかし、火の神カグツチを産んだ時に、イザナミは陰部を焼かれて、そのやけどが原因で死んでしまいました。愛する妻を追って黄泉の国に行ったイザナキでしたが、「見てはいけない」と言われていたのに、黄泉のイザナミの姿を見てしまいます。イザナミは蛆が湧き雷神(いかづちのかみ)がついた醜い姿に変わり果てていました。
 イザナキは逃げ、イザナミは追いかけます。黄泉と地上の境であるヨモツヒラサカに至ると、イザナキは大きな岩でそこを塞ぎました。二人はその岩を間にはさんで別離の言葉を交わしました。イザナミは「あなたの国の人々を一日に千人殺しましょう」と言い、イザナキは「それなら私は一日に千五百の産屋を建てよう」と言いました。これにより人間の死と誕生が定まったのです。(『古事記』より)

 この「見るなの禁」を伴う黄泉の国訪問の話は、『古事記』に出てきます。『古事記』は上中下の三巻から成りますが、神話と呼べるのは上巻です。イザナキとイザナミの神話はその上巻の冒頭部分に記されていますが、同書の上巻の最後に当たる「トヨタマビメの出産」の話にも、「見るなの禁」が出てきます。

トヨタマビメの出産

 アマテラスの孫に当たるホノニニギと、山の神の娘コノハナサクヤビメとの間に、ホデリ、ホスセリ、ホヲリの三子が生まれました。ホヲリは無くしてしまった兄ホデリの釣り針を探して海底の宮殿へ行き、そこで海の神の娘トヨタマビメと結婚して、三年後に地上に戻ってきます。
 ある時トヨタマビメが海から地上にやって来て、子を産む時になったので産屋を作ってほしいと言います。しかしその産屋をふきおわらないうちにお産が始まってしまいました。トヨタマビメは、「決して私の姿を見ないでください」と夫に言いましたが、ホヲリは産屋を覗き見します。トヨタマビメは本来の姿であるワニになってお産をしていました。ホヲリは恐れて逃げました。トヨタマビメは悲しみながら、産んだ息子を置いて海に帰り、海と陸との間の道を閉ざしてしまったといいます。(『古事記』より)

 つまり『古事記』上巻は、その冒頭と末尾に、共通して「見るなの禁」のモチーフを出しているのです。古川のり子によれば、この二つの「見るなの禁」は、物語の上で同じ役割を担っています。その役割とは、「見るなの禁」が破られることによって、世界の秩序が整えられていく、というものです。(吉田敦彦、古川のり子『日本の神話伝説』青土社、1996年、246-247頁)
 イザナミの場合、夫のイザナキによって「見るなの禁」が破られます。その結果、イザナミに追いかけられたイザナキは、黄泉と地上の境であるヨモツヒラサカを大岩で塞ぎました。これにより、黄泉と地上は、容易には行き来できない、互いに隔絶された領域となり、生と死の境界が整って、秩序が確立されたのです。
 トヨタマビメの場合は、ホヲリが妻のお産を覗いてしまい、その結果トヨタマビメは海の世界に帰り、地上と海の間の道を塞ぎました。これにより、海と地上は、容易には行き来できない異なる世界となり、境界が確立されたのです。

 前回、「見せるなの禁」として、カエルのスショーバナーと天女ウルヴァシーの例を挙げ、これらの話が「境界」に関わる、という見通しを立てました。『古事記』の二つの「見るなの禁」もやはり、境界と関連します。特に「境界の確立」という役割をはっきりと担っています。
 この図式は、他の神話にも当てはまるでしょうか。まずは、名高いギリシアのオルペウスの話を考えてみましょう。

オルペウスの冥界下り

 楽人のオルペウスは若死にした妻のエウリュディケを取り戻すために冥界に行き、冥界の王と王妃であるハデスとペルセポネに許されて、妻を地上に連れ帰ることになりました。しかし一つだけ条件がつけられていて、「冥界を出るまでは妻の姿を振り返って見てはならない」というものでした。ところがオルペウスはどうしても心配になり、今にも地上に出ようという時に、振り返ります。するとエウリュディケの姿は消え去ってしまいました。

 ここでは、冥界のエウリュディケは当然、死者であり、オルペウスとはあるべき世界が異なります。その妻の姿を冥界で視認することで、意図せずに、冥界の存在と地上の存在である彼自身との間の境界をはっきりとさせました。境界を再構築させたのです。そのためにエウリュディケは自分の所属する死者の国に留まり、オルペウスは一人で地上に帰らなければならなかったのです。あたかも、「視認」によって、両者の違い、境界が決定的なものとなったかのようです。

 次に、トヨタマビメの神話とよく比較されるフランスの説話の「見るなの禁」、メリュジーヌの話を考えてみましょう。

メリュジーヌ

 騎士レイモンダンは森で美しいメリュジーヌと出会い、結婚して豊かになります。メリュジーヌは開墾や灌漑などを行い、二人の間に生まれた息子たちは各地へ遠征に出かけて王や公になります。
 さて、結婚にあたりメリュジーヌは、「毎週土曜に私の姿を見てはならない」という禁止を課していました。ところが実の兄弟から悪い噂を吹聴されたレイモンダンは、ある土曜に、妻の部屋に穴を開けて中を覗きました。入浴中だったメリュジーヌは、腰から下が蛇の姿でした。その後、レイモンダンは妻を「蛇女」と言って侮辱したので、彼女は蛇の姿になって空を飛んで去っていきました。(松村一男、森雅子、沖田瑞穂編『世界女神大事典』原書房、2015年、「メリュジーヌ」の項目参照。)

入浴中のメリュジーヌを覗き見るレイモンダン。クードレット『メリュジーヌ物語』より。

 メリュジーヌは、蛇女でした。その入浴を見てはならない、という「見るなの禁」が課されていましたが、レイモンダンは破ってしまいました。それにより両者は別離します。蛇と人間が結婚によって種族という境界を一時的に越えたのですが、「禁止」を破ることによって、両者は別離することになり、「越境」が正されて境界が再構築された、と読むことができます。

 これらの例から、「見るなの禁」を課すことによって一時的に越境が起きる。しかし禁が破られることによって、境界がはっきりとし、禁止を前提としていた夫婦は別離して本来ある場所に戻る。最終的に秩序が構築・再構築される。その構造が見えてきました。

 この「禁止の物語の法則」とも言うべきものは、たとえば、日本の昔話「ウグイスの浄土」にも当てはまります。山で男が女に連れられてとある屋敷へ行きます。女は出かける前に男に、「十二番目の座敷を見てはいけない」と言いますが、男は見てしまいます。そこにはウグイスがいました。これが女の正体だったのです。男はもとの世界に引き戻されてしまいました。

 この話の場合、ウグイスの里という異界に紛れ込んで越境した男が、見てはならない座敷、すなわち女の本来の姿を見てしまう。これにより、境界が再構築されたと読むことができます。

 浦島太郎の場合はどうでしょう。竜宮城で渡された箱を開けてはならない、と言われていましたが開けてしまい、一気に時間を取り戻して歳を取りました。竜宮城に滞在していた間に生じた、越境による時間の流れの乱れを正した、と言う意味で、秩序が再構築されています。

 他にも例を挙げると、ギリシア神話の「プシュケとエロス」、日本の昔話の「天人女房」や「鶴女房」など、枚挙にいとまが無い、というくらいです。「境界の神話学」と名付けて、さらに深めていく余地がありそうです。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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