考える人

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おんなのじかん

 この世のハラスメントというハラスメント、すべてが消滅すればいいと日々願っている。にもかかわらず、どうしても口をついてしまいそうになる言葉がある。
「子どもが欲しいなら、早めにしたほうがいいよ」
 もちろん、実際に口にしたことはない。何度も喉元まで出かかっては呑み込んだ。もし自分が若いころに年配の女性にそんなことを言われようものなら「うるせーババア!」と思っただろう(だからって「ババア」はよくないぞ!)。
 それぞれ事情もあるだろうし、かんたんに他人が踏み込んでいい問題ではない。わかってる、わかってはいるんだけど、もしいずれは子どもをと望んでいるのであれば――いまは望んでいなくとも気が変わりそうな気配が少しでもあれば、若いうちに産むまではしなくとも卵子は凍結しといてもいいのではないか、可能であれば一個といわず二個、三個……とすぐ言いたいすごく言いたくなってしまう不妊沼在住、四十二歳の私なんである。

 ここで体外受精の流れを説明させていただくと、まずなにはなくとも採卵である。以前にもちらっと書いたが、採卵するにあたって二週間ほど病院に通いつめ、卵子のサイズを測り、ホルモン値を測り、卵子を育てるためのホルモン剤を飲んだり注射を打ったりして、ようやく採卵にいたる。
 採卵日は化粧もコンタクトレンズも禁止。朝食はおろか水さえ飲んではいけない。ネイルもいっさい禁止されているため、ここ何年か、ジェルネイルができないでいる。
 ぺらぺらの手術着一枚でオペ室に入り、下半身丸出しでオペ台にのぼり、脚を固定される。まず、棒状のもので中も外もぐりぐり消毒される。それから麻酔を膣壁に打つのだが、これが地味に痛い。びりびり、びりびりする。
 そうしていざ採卵である。採卵というのは膣から卵巣に向かって細い針を刺し通し、卵胞液を吸い取るという形で行われる。一度、「採卵」で画像検索してみてほしい。見るだけで痛そうなのがわかるはずだ。下手な先生にあたると麻酔をしていても地獄の痛みが襲ってきて、吐き気はするわ、呻き声は漏れるわ、勝手に涙がぼろぼろあふれてくるわで、術後に特上牛タン定食1.5人前を食べ、夜は寿司でも食わないとやっていられない。
 私の通うクリニックでは卵巣刺激ではなく自然周期採卵を採用しているので、一度の採卵で取れる卵子はせいぜい一個か二個。若ければ若いほど数は多くなり、卵子の質も良いといわれている。卵子は卵子でも成熟卵、未熟卵、変性卵と種類がいろいろあって、変性卵は自動的に廃棄になる。未熟卵を培養して成熟卵になる確率は五割程度。成熟卵になったらここでいよいよ体外受精である。
 一般的な体外受精は、卵子に精子をふりかけて自力で受精させるものを指すが、精子の数が少なかったり運動率が低かったりする場合には、卵子に注射針のようなものを刺して直接精子を送り込む顕微授精を採る。成熟卵の受精率がいかほどのものかは調べてもデータが出てこなかったのだが、私が過去採取した成熟卵で受精にいたらなかったものは一つしかないので、そこそこ高いのではないかと思われる。
 さらにそこから受精卵を培養し、数日かけて胚盤胞に育てるのだけれど、胚盤胞まで到達するのが困難だという人も数多く存在するらしい。私の場合は打率六割程度といったところであるが、過去二回ほど、採卵した卵すべてが胚盤胞までいたらず、移殖できなかったことがあった。メンタルごん強の私ですら、このときはさすがに吐きそうになった。
 そうして、最後の仕上げは胚盤胞移殖である。胚盤胞はいったん凍結され、次の周期で卵子を迎え入れるための準備をする。毎日こまかく時間指定された大量のホルモン剤を飲み、内膜を育てるのである。俗に言う「赤ちゃんを迎えるためのふかふかベッド」である(この手の妊娠・出産ポエムにはどうしても拒否感をおぼえてしまうのだが、その話はまた別の機会にでも)。身体がむくみ、ぶくぶく太りやすくなる薬の影響か、不妊治療をはじめてから五キロほど増量した。どうせまたあの薬を飲まなきゃいけないんだよな、と思うとダイエットも思うように捗らず、酒を飲めるのもいまだけかと思うと毎晩ついつい痛飲してしまい、雪だるま式に日々脂肪をためこんでいる。
 移殖手術は痛みもさほどなく、採卵手術に比べたら気が楽なものである。細い管を用い、子宮のいちばんいい場所を狙って卵をそっと置くだけの簡単なお仕事。体外受精の着床率は三十代で50%、四十代で30%ほどだという。前回、自然妊娠の確率を奇跡だと書いたが、体外受精だってなかなかになかなかの確率である。さらには、体外受精の流産率は四十歳で30%を超える。

 おわかりいただけただろうか。
 体外受精というのは、要するに「超高額ガチャ」なのである。
 クリニックにもよるが、一回の採卵、体外受精、培養、移殖すべて込み込みで五十万円ほどの大金がかかるのに、一度手をつけてしまったら最後、もしかしたら次こそいけるのではないか、というなんの根拠もない希望的観測に支配され、課金をくりかえしてしまうのである。治療をはじめたばかりのころは、自分だけは大丈夫、そんな落とし穴には陥らない、三回までできっぱりやめられる、と思っていたのに、これで最後にする、今度こそ最後にするから、と言いながら、何度も「最後」をくりかえし、いまでは立派な廃課金者、不妊沼に首までどっぷり浸かっている始末である。私のようにどっちつかずのふらふらした気持ちで治療に臨んでいる人間ですらこの有様なんだから、切実な気持ちで治療に臨んでいる人たちの抜けられなさを想像するだけで、きりきりと胃が絞めつけられるようである。なんという深沼であろう。もし子どもができなくても、その後も我々の人生は続いていくというのに。
 これまで治療に注ぎ込んだ総額は、恐ろしくてとても計算できない。マンションの頭金なんて余裕で払えるだろうし、高級車だって買えるだろう。ヨーロッパと日本を何往復もできるし、ソシャゲガチャなんて回し放題、肉蟹鮨、毎日酒池肉林したって、推しのライブを全通したってお釣りがくるだけの額である。うっ、吐きそう。
 たぶんなにかが麻痺しているんだろうなと思う。これだけのお金をかけたんだから、なにも得られないまま終われない。もう終わりにしたいけど終われない。次こそ狙った目が出るはずだと祈るような気持ちで大金をベットしながら、この沼から這いあがれる日を待ちわびている。ほとんどカイジの世界である。ざわ……ざわ……。
 若いうちに質のいい卵子をできれば一個といわず二個、三個……と言いたくなるこの完全なる老婆心を、少しはご理解いただけたのではないだろうか。なにがなんでも子どもを産めとか、女なら子どもが欲しくなって当然とか、子どものいない人生なんて不幸にちがいないだとか、そういうことを言いたいわけではまったくなく、私が言いたいのはコスパについて、その一点のみだということをどうかわかってほしい。いや、だからって、直接面と向かっては言わないけどさ……。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹