Webマガジン「考える人」

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リアルRPG 草原の国キルギスで勇者になった男の冒険

 夕方、雪山の山頂にて、動物たちを守るためにはどうするのが最善か頭を捻る。

 おそらく、これから暗くなるまでに移動できる範囲には民家などは無い。ここから少しだけでも下山すれば暖かくなるが、その分オオカミと出会う確率も高まってしまう。 宿などが無ければ皆を守り切れないだろう。

 車道を除いて辺りは分厚い雪で覆われており 、想像していたよりも寒い。手はとうにかじかんでいて感覚が無くなっている。とはいえ、シロはキルギス屈指の寒冷地ナリンの出身であり羊は寒さに強いので、動物たちは問題ないだろう。下山せずに今晩ここに留まれるかどうかは、おれが凍傷などにならず朝まで耐えられるかどうかにかかっている。

 と、考えているうちに雪が降ってきた。風も強いので今晩はぐんと冷え込むかもしれない。

 よし、山頂に留まることにしよう。

 決断して、 膝丈以上の高さまで積もった雪をかき分けながら動物たちを連れて進んでいく。目指すは50mほど先にある倉庫の残骸のような建物だ。扉は開け放たれていて、窓枠にも窓が嵌っていないので風は通るが、屋根はしっかりしているので少なくとも雪は凌げるだろう。

 シロは雪の上を埋もれながらも元気よく突き進んでいたが、羊たちは高い雪を越えるのに四苦八苦しているようだった。雪が柔らかいので怪我はしないだろうが、できる限り急かさないように気を付けつつ、一歩一歩足を高く上げながら進んでいく。

 建物の奥行きは2m程度だったが2部屋に分かれているようだ。ドアから入って進んでいくと6m2くらいの細長い部屋があり、粉々になった石炭で半分以上が埋もれていた 。 

 どうやら何年も前に暖を取る為の石炭倉庫として使われていたようだ。

 少々後ろめたいが、扉や窓の様子から管理している人がいるかすら怪しい状態であり、緊急時だったので一晩だけ避難させてもらうことにした。

 羊たちを一番奥へ行かせ、入り口や窓と羊たちの間にテントを張る。羊たちのすぐそばにも窓はあるが、外から入るには少し高いのでオオカミが入ってくることはないだろう。

 さらに、シロが何かに気付いた時にすぐ出ていけるようテントの入り口を少しだけ開けておいた。こうしておけば、オオカミが来た時にすぐにシロが飛び出して吠えてくれるだろうし、一瞬だけでも時間が稼げるだろう。その後はおれがすぐに出て行けば、オオカミは警戒して逃げるかもしれない。

 石炭倉庫の中でテントを張り、シロと共に中へ入って寝袋にくるまる。

 スマートフォンを取り出すと、微弱ながらも電波を掴んでいることに気付いた。ここ数日はずっと圏外だったが、どうやらこの山頂でのみネットに繋がるらしい。この前もう少し低い山の頂上に着いた時も同じ現象が起きたので、キルギスではよくあることなのかもしれない。

 スマートフォンの画面には、どうやって割り出したのかは分からないながらも現在地の気温が表示されていた。

 現在はマイナス6℃で、今晩はマイナス14℃まで下がるらしい。これは最寄りの村の気温だろうか。だとすると今いる山頂はそれ以上に寒いことになる。

 マイナス14℃。

 今までの野宿では経験したことのない寒さだ。思っていたよりずっと寒いし、危険と呼べる域にも達している。マイナス10℃を下回ると凍傷の発症率が大きく上がると言われているので、何か対策を講じないと手足の指や鼻が凍傷になるかもしれない。今持っている夏用の簡易テントや0℃まで耐えられる寝袋では不十分だ……。

 これまでのおれの冒険ではその場での交渉や情報収集など、対人のスキルを磨いて乗り切ってきていたが、天候などの自然に対する知識やスキルは足りていなかったようだ。標高によるざっくりとした気温降下しか計算していなかった。

 無事に帰れたら、きちんと一から気象の勉強をしてスキルを身に付けよう。

 実を言うと、次の冒険の舞台は海にしようと考えているので、今度は海で動物たちを守る必要があるだろう。だから、帰国後すぐに気象を予想するスキルを習得しておけばそこでも役に立つに違いない。


 とにかく、今は目の前の状況を何とかしないといけない。特に指の冷えが酷い。両手の指は太ももや脇の間に挟めば暖かくなるが、足の指はどうしようも無く、あまりの寒さに痛みしか感じない状態になっていた。元々このキルギスでは夏の間に馬との冒険をやろうと考えていて羊との冒険は別の国でやるつもりでいた。だから、使い捨てカイロ等寒さを凌ぐのに使えそうなものは持って来ていない。

 足の指がただひたすらに痛い。

 まだ夕方だというのにこれでは、深夜から明け方にかけて更に気温が下がると凍傷になりそうだ。外の雪はどんどん強まっているようで、風がゴウゴウと音を立て吹雪となっていた。

 ……と、ここで、脛の辺りが僅かに暖かくなっているのに気付く。

 なんだろう。起き上がって足元を見ると、シロが丸くなって眠っていた。

 そうだ、シロがいるじゃないか!

 やはりシロは寒さが気にならないようで、いつも通りおれにくっついてぐっすりと寝ていた。

 よし、ここはシロに助けてもらうことにしよう。

 シロの体の下に足の先を差し込み、暖を取ることにした。シロは驚いたり嫌がったりするようすもなく、そのまま眠り続けていた。

 とても暖かい。しばらくすると足に感覚が戻ってきて、痺れるようなむず痒さと共に足の指に血液の流れを感じることができた。

 これなら、今後さらに冷え込んでも凍傷にはならないだろう。 

 しばらくして目を覚ましたシロと一緒に毎度おなじみの大きな円形パンを1個半ずつ食べて、熱量を確保してから改めて横になる。途切れ途切れに電波を掴んでいるようすのスマートフォンにはチョルポンおばさんからの不在着信通知が来ていたが、いま電話しても心配をかけてしまうだけなので、雪山を下山できてから連絡した方が良いだろう。

 残る問題はオオカミだ。

 ここでおれが熟睡してしまうといざという時に反応が遅れ、羊たちが重傷を負ってしまうかもしれない。

 そう考え、何かが近付いてきた時に音で察知してすぐに起きられるよう、耳だけ起こしたまま目と脳と体を休めて寝ることにした。 意図的に眠りを浅くしたような状態で、少しでも音がすれば起きられるが、耳以外は休めているので「寝た」という感覚は十分に得ることができる。治安が悪い地域で野宿する際には座って寝るのと同じくらい役に立つ、重要な基本スキルだ。


 朝、6時ごろに目を覚ます。

 運が良かったのか、寒い場所で野宿すればオオカミの活動範囲から逃れられるという読みが当たったのかは分からないが、結局オオカミは来ず、遠吠えなどもなかった。

 テントから出て窓から外を見ると、雪は止んでいたがまだ真っ暗だった。空一面を分厚い雲が覆っているせいで、いつもより明るくなるのが遅れているらしい。道路は凍結しているようだったので、足元の状態がしっかり確認できる明るさになってから出発すべきだ。

 とにかく、全員無事に朝を迎えることができた!

 両手の拳を握りしめて、1人で小さくガッツポーズをする。

 油断は禁物だが、この雪山は今回の羊との冒険では実質的にボスのような位置付けだったので、この山越えで山場は越えたと言える。ここから先は治安が更に悪くなるという問題はあるものの、そういった地域での立ち回りは過去に既に何度も乗り越えてきた得意分野だ。

 いつ日が昇ったのかも分からないような空模様ではあったが少しずつ明るくなってきて、朝8時過ぎには何とか周囲が見渡せる程度の明るさになったので、テントを撤収して出発することにした。

路面が凍っているため滑りやすくなっていてかなり危ない。

 明るくなってからは大型の長距離トラックもたくさん通るだろうから、スリップしてこっちに突っ込んで来ることもあるかもしれない。ほんの数年前、冒険家の渡辺大剛(はるひさ)さんがロシアで自転車に乗って走行中に車に追突され亡くなったのは記憶に新しい。避けきれない場合があるにしても、とっさに羊たちやシロと共に道路わきへ飛んで回避できるよう気を張っておかないといけないだろう。

 道路を挟んだ向かい側には上方に雪崩防止用の柵が設置されていたが、中には既に倒れてしまっているものもいくつかあった。雪崩が頻繁に起こるのか、あるいは単に何年も修理されていないだけか……。雪崩が来てしまうと回避不能でゲームオーバーになるので後者であって欲しい。

 また、今歩いている位置のすぐ横は急斜面になっていて分厚そうな雪が何百メートルも下へと続いていた。

 羊たちが気まぐれに急斜面を下り始めてしまった場合、軌道修正の為に羊たちの前へ飛び出して追い立てなければいけないが、そうすると谷底へ滑り落ちてしまうかもしれない。足腰やバランス感覚には自信があるものの、今は20kgのバックパックを背負って歩いているので油断はできない。

 そこで、今回もシロに活躍してもらうことにした。

 羊たちがフラフラと斜面へ向かった時はシロに呼びかけて合図をし、羊たちの前へ回り込んでもらった。シロなら四足歩行でおれより安定しているというのと、万が一滑り落ちてもおれとリードでしっかり繋がっているから大丈夫だ。

 シロはおれの意図を理解してくれているようで、声をかけると素早く羊たちの前へ飛び出し牽制をしてくれた。やはり牧用犬としての才はあるようだ。

 もしもトロク村へ先に行ってシロを仲間にしていなかったら、凍傷でボロボロの手足で羊たちを率いて歩き、結果、この暗い谷底へ滑落することになっていたかもしれない。

 シロには感謝してもしきれない。


 その後は順調に進むことができ、標高が下がって雪がなくなり暖かくなってきた。ここまでくれば気温や路面については安全だ。

 といっても民家などは無く羊たちにとっては安全でないので、麓の集落を目指してひたすら歩く。

 夕方、ようやく1軒の民家に行き当たったが、そこで暮らす若者はおれから詐取しようとするような「悪者」の雰囲気を纏っていたので早々に交渉を諦め先へ進むことにした。

 地図によるともう少し歩くとカフェがあるらしいので期待したが、行ってみると誰もおらず閉まっていた。店の看板を頼りに店主に電話をかけたところ、どうやら春しか営業しないらしかった。

 日没間近だったので焦りは募るばかりだった。そしてかなり暗くなってからようやく5人の男たちが暮らす家に辿り着いた。キッチンなどもある一般的な家ではあったがどちらかと言うと工事作業員の詰め所のような使われ方をしているようで、男たちは皆オレンジの蛍光色の作業ベストを着ていた。家畜小屋も併設されていてヤギが飼われていたので、アカシュとサナも預かってもらえそうではある。

 男たちに事情を話すと「泊まっていきなよ」と快く受け入れてくれた。正確には5人のうち1人は「悪者」の雰囲気で何とかしておれから金をとれないかと思案しているようだったが、あとの4人からは特にそういった空気を感じなかったので、こちらの立ち回り次第では安全に寝られるだろう。

 その日は羊たちの小屋の前でテントを張って野宿し、無事に朝を迎えることができた。

 そしてその翌日。

 途中、「羊を食わせろ!」と言ってアカシュとサナを連れて行こうとする人々に2度ほど遭遇し面倒な絡み方をされつつも順調に進み、夕方、大きなレストランに到着した。

 レストランは川の流れる谷に建っており、レストラン裏手の荒れ地が安全そうだったのでそこにテントを張って体を休めることにした。

 店員さんたちはとても親切な方々で、店の裏口から代わる代わる出てきてはおれやシロに食べ物を恵んでくれた。実感としてこの辺りはかなり治安が悪いが、それでも皆が皆悪人というわけではない。頂いた食べ物をありがたく頂戴し、今夜はここで野宿することに決めて荷物の整理などをする。

(写真すべて©Gotaro Haruma)

 羊たちを預けられる場所はなかったが、谷の両側は急な崖になっている上に片側には川があるのでオオカミは入って来られないとのことだった。確かにかなり安全そうな谷だったので、少し警戒しつつも羊たちを外に繋いで寝ることにした。

 さあ、遂にいよいよ明日、最終目的地のサリチェレク湖へ到着する。

 馬のセキルに乗っての野宿旅に始まり、アマンの秘密基地でのシロとの出会いやこの少し危険なシロの里親探しクエストなど、たくさんの出来事があったここキルギスでの冒険は、一体どのような形で終焉を迎えるのだろうか……。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

春間豪太郎

はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。

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