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インドの神話世界

2019年10月23日 インドの神話世界

24 神話とゲームを考えて(最終回)

著者: 沖田瑞穂

 この連載も今回で最後になります。一年間、さまざまな側面からインド神話について見てきました。最終回は、初回から折に触れて取り上げてきた「ゲームの神話」に立ち戻ろうと思います。

 私もプレイしている人気RPG、FGO(『Fate/Grand Order』, TYPE-MOON)は、ストーリー性の非常に高いことが特徴で、ゲームの大きな魅力となっています。その中には歴史上の人物神話の神々も登場します。1700万ダウンロードに達しているこのゲームは、現在世界で最も読まれている物語と言っても過言ではないでしょう。
 そのFGOの1部5章に、「ラーマ」が出てきます。そう、インド二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』の名高い主人公です。
 今回は、ゲームFGOの「ラーマ」と神話のラーマとのつながりについて、考えていくことにします。

 まずは、『ラーマーヤナ』とはどのような叙事詩か、簡単に説明したいと思います。『ラーマーヤナ』は『マハーバーラタ』よりも新しく、2世紀頃の成立とされています。作者は聖仙ヴァールミーキです。特徴としては、主人公のラーマ王子とその三人の兄弟が全てヴィシュヌ神の化身であるというところにあります。『マハーバーラタ』では様々な神々が英雄や女性に化身して、それぞれの役割を果たしていました。それに対して『ラーマーヤナ』ではヴィシュヌの存在感が強いと言えるでしょう。

 次に、『ラーマーヤナ』のあらすじを見ていきましょう。

 コーサラ国のダシャラタ王はアシュヴァメーダ(馬祀祭)を行い、三人の妃との間に四人の子をもうけました。カウサリヤー妃はラーマを、スミトラー妃はラクシュマナとシャトルグナを、カイケーイー妃はバラタを産みました。いずれの子もヴィシュヌ神の神徳を授かっていましたが、特にラーマは魔王ラーヴァナを退治するためにヴィシュヌ神が化身したものでした。
 ラーマは成長すると強弓を引く試練を経てジャナカ王の王女シーターを妻に得ました。やがてラーマの王位継承者への即位が決まりましたが、召使いに唆されたカイケーイー妃の計略により、ラーマは森に追放され、カイケーイー妃の息子バラタが王位継承者となりました。シーターとラクシュマナはラーマに従って森に行きました。バラタは兄の履物を玉座に安置して、兄の帰国を待ちながら政務に勤しみました。
 森でシーターは魔王ラーヴァナに攫われ、ラーマとラクシュマナの苦難の旅が始まります。ふたりは猿王スグリーヴァとその大臣ハヌマーンの助力でシーターを発見し、魔王の羅刹軍と戦いシーターを取り戻します。
 ところがラーマはシーターの貞操を疑い遠ざけます。しかし火神アグニが彼女の身の潔白を証明しました。
 長い統治が続きましたが、民衆から再びシーターの貞操を疑う声が上がったため、ラーマは妊娠しているシーターをヴァールミーキ仙のもとに連れていきます。そこで彼女は二人の息子クシャとラヴァを産みました。
 シーターはラーマへの忠誠を誓って大地に消えました。ラーマは嘆き悲しみましたが、その後も長く国を統治しました。

ラーマとシーターの結婚。1914年。

 このように、ラーマとシーターの夫婦は、一時的に結ばれますが、別離に終わってしまいます。では、ゲームではどうでしょう。
 FGOでは、ラーマは北米における聖杯戦争の場に現われて、主人公らと行動を共にし、捕らわれの妻シータを探し出します(FGOではシータと表記)。しかしこの二人には呪いがかかっていて、ラーマかシータ、どちらかしかこの世に存在することができません。ラーマが現われるか、シータが現われるか、どちらかなのです。二人は「出会うことができない」のです。ラーマが存在し続けるためには、シータは消えなければなりません。二人は、いにしえの神話を超えてもなお、結ばれることがない定めなのです。
 ラーマは瀕死の傷を負っていました。シータはそれを自らの身に引き受けて、消えていきました。

 このようなゲームの物語は、神話のラーマとシーターの物語の、単なる別離という以上の構造を(おそらく無意識のうちに)忠実に受け継いでいます。
 ラーマはヴィシュヌの化身ですが、化身はサンスクリット語で「アヴァターラ」と呼ばれます。この語は「(天からの)降下」という意味を持ちます。つまりラーマは「天」に起源をもつ英雄なのです。したがって、死してのちは天界に還り再びヴィシュヌとしての姿を取りました。
 一方王妃シーターは、「大地」そのものといっていい存在です。シーターはジャナカ王が地面を掘っている時に鋤で掘り起こされた赤子でした。大地から生まれた彼女は、二度目に貞操を疑われた時、大地の割れ目から現れた玉座に座って地下界へ消えていきました。
 つまりラーマは「天」であり、シーターは「大地」なのです。この物語は、天と地の、愛と別れの物語といえるでしょう。天と地は離れています。人間や動植物が生きていくために、離れていなければならないのです。しかしこの両者は「対」をなしていて、夫婦なのです。離れていなければならない定めの、夫婦です。

 天と地の夫婦の別離は、世界の神話においてしばしば表れるテーマです。たとえば、ニュージーランドのマオリ族の神話に、次のような話があります。

「天と地の別離」

 はじめは何も無かった。全ては全くの「無」から始まった。始まりは「夜」だった。暗黒の夜は、計り知れないほど広く長く続いた。
 そこへ「光」がさした。それは虫が放つ光にすぎなかった。
 時が経ち、大空ができた。天空神ランギである。ランギは月と太陽を作ったのち、大地の女神パパと一緒に住んで子供たちを作った。
 その頃、天空は十の層からなっていた。その最下層の部分が大地の上に横たわっていて、大地を不毛にしていた。
 ランギとパパの子供たちの神々はひたすらに続く闇にとうとう疲れ果て、人間を生み出すために、両親を何とかしなければならないと話し合った。両親を引き離さなければならない、という結論に至ったのだ。
 タネ・マフタという森の神が肩と両手を大地につけると、足の裏を空にあて、力の限り空を押し上げた。空はうめきながら、じりじりと、大地から離されていった。こうして大空と大地の間に大きな空間ができて、光も降り注ぐようになった。ランギとパパは苦しみに満ちたうめき声を上げた。「なぜこんなことをするのか。両親の愛をどうして殺そうとするのか」と。
 大空のランギと大地のパパは今でも深く慕いあっていて、朝露はランギの、霧はパパの涙ともいわれる。(アントニー・アルパーズ著、井上英明訳『ニュージーランド神話』青土社、1997年、24-40頁、および山田仁史『新・神話学入門』朝倉書店、2017年、97-99頁参照)

 他に、エジプトでも見られます。大地の男神ゲブと天空の女神ヌトは夫婦で抱き合っていましたが、父神シュウによって引き離されました。天と地の神の性別が逆ですが、これもやはり天地の別れの神話です。
 天地の夫婦の分離という原初のできごとに、古代の人々は豊かに想像を巡らせたのでしょう。そしてその感動は、連綿と続いています。現代世界において、おそらく最も多くの人に読まれている神話的なゲームの中に。

 この連載は、今回で最終回となります。「インドの神話世界」と題して、ゲームFGOや映画『バーフバリ』をはじめ、神話のさまざまなテーマを、ときにはインドを越えて考えてきました。この連載を通じて、神話の世界は古代から現代まで確実に繋がっている。そのような確信を抱くに至りました。一年間お読みいただき、ほんとうにありがとうございました!

※ご愛読ありがとうございました。本連載をまとめた本を、新潮社から刊行予定です。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

沖田瑞穂

おきた・みずほ 1977年生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。中央大学、日本女子大学、等非常勤講師。専門はインド神話、比較神話。主著『マハーバーラタの神話学』(弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『インド神話物語 マハーバーラタ』(監訳、原書房)、共編著『世界女神大事典』(原書房)。

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